10 vols ers wo:zama zergurf cez.(狼はウォーザの聖獣だって話ですよ)

 この惑星も地球と同じように西から東に時点しているため……というよりそうモルグズは東西南北を考えるために自分で決めたのだが……西に海がある場合、陸地より海洋のほうが温度差が少ないので大きな陸の西岸は冬と夏の気温の差は、比較的、小さい。

 イシュリナシアは西でアクラ海という海に面しているため、夏の暑さも冬の冷え込みも、さほどではないのだろう。

 しかしイオマンテは違う。

 アリッド山脈はさほど高い山々ではないが、そこを超えたあたりから急激に冷え込みが強まったのはたぶん気のせいではない。

 あたり一面、白い雪で覆われた単調な景色が続いている。

 樹木も落葉樹よりは針葉樹のほうが多かった。

 そろそろ国境を超えたのだろうか。

 あるいはまだ、イオマンテの外なのか。

 黙々と、三人で東にむかって歩いて行く。

 幾つもの丘があり、その狭間を冷たそうな青い色の小川が流れていくが、まだ凍結していないだけましなのだろう。

 遥か遠くから、狼の遠吠えが聞こえてきた。

 鉛色の空からときおり、重たげな雪が降ってくる。

 ぎゅっ、ぎゅっとという足元からの雪が鳴る音が鼓膜を震わせる。


 vols ers wo:zama zergurf cez.(狼はウォーザの聖獣だって話ですよ)


 耳を赤くしてレーミスが言った。

 先住民系の神々は特に、獣との結びつきが強いという話だ。

 そのため、嵐の神ウォーザを信仰する者たちは、狼の扱いには敏感になるという。

 普通なら害獣扱いされるところだが、神聖な獣でもあるからだ。

 同じセルナーダの地でも、イシュリナシアやグルディアでは、嵐の神ウォーザはここまでは重要視されていただろうか。

 やはり先住民系の民が多い土地柄なのだろうかと思っていると、遥か遠くから煙が見えてきた。

 どこかの家の囲炉裏かなにかの煙のようだ。

 開拓村ではなく、あるいはイオマンテ領内に入った、ということもありうる。

 さすがに慎重になったが、いつまでも人里離れた土地を歩くというわけにもいかない。

 いずれイオマンテの奥深くに足を踏み入れれば、集落を避けるのにも限界は出てくる。

 とはいえ、いまはあまりの村に立ち寄りたくはなかった。

 国境に近いところであれば、西側からやってきたものは当然、密入国でもしてきたのではないかと疑われる気がしたのだ。

 いざというときは全員、殺すという手もあるが、それをやれば近在の村の住民がいずれ気づくだろう。

 最初から、見かけたものを皆殺しにするつもりでいる自分の発想に、もはや驚かなくなっていた。

 アリッドで「また」やってしまったのだから、いまさら怖気づくことはない。

 ただ、イオマンテ側が静かすぎるのが不気味なのだ。

 国境沿いには大量の魔術師が警戒をしていると思っていたのだが、その気配らしいものが感じられない。

 レーミスも同意見だという。

 もし魔術師がたくさん集まっていれば、モルグズもレーミスもなにか、直感的に存在を感じ取りそうなものである。

 あるいは、イオマンテの魔術師はみな、魔術的な気配を隠すすべに長けているのだろうか。

 だとすれば恐ろしい話ではある。

 常に、いきなり近くに魔術師が出現するかもしれない、という緊張感を味わい続けているのは、あまり気分の良いものではない。

 無造作に人を殺すくせに自分の死は怖いのだ。

 せめてゼムナリアがなぜイオマンテにくるように命じたのか、その答えがわかれば目的に沿った潜入法も選べるのだが。

 背中でノーヴァルデアがわずかに震えた、と思った瞬間、それは起きた。

 赤い小さな紅玉のようなものが、一斉にこちらにむかってくる。

 その数は、確実に十は超えていたが、空を滑るようにして恐ろしい勢いでモルグズたちに接近してきた。

 しかし、いきなりまるで見えない障壁でも存在するかのように、幾つもの赤い光が跳ね返され、もときたほうへと突進していく。

 続いて、あちこちで紅蓮の炎が立て続けに生じた。

 轟音が雪原を揺さぶり、幾つもの黒い煙が上がっていく。

 まるで地球の火砲による砲撃でもうけたようだが、そうではない。

 あれはアーガロスが使っていたのと、同種の火炎魔術による攻撃呪文だ。


 narha!(馬鹿がっ)


 思わず言葉が漏れた。

 しかも母語の日本語でなく、セルナーダ語である。

 たぶんいまのが、イオマンテ軍の基本戦術なのだろう。

 遠距離から火炎魔術で攻撃し、相手を確実に仕留める。

 だが、モルグズからすれば愚かしい、としか言いようがなかった。

 一体、イオマンテの魔術師どもはなにを考えているのだろう。

 こちらが持つ魔剣の力をさすがに把握しているはずだ。

 だとすればいまのは陽動、とみるのが正解だろう。

 そう思い、周囲にいつ魔術師が現れるのかと、腰の長剣を引き抜いて待っていたのだが、一向になにも起きない。

 さすがに奇妙だった。

 まさか、とは思うがある一つの可能性に行き当たった。

 ひょっとすると、いま魔術を使った火炎魔術師たちは、モルグズの持つ魔剣の力を正確に知らされてはいないのではないか。

 とにかく、イオマンテの内部では魔術師どうしの陰謀、策謀が耐えないらしく、互いの足をひっぱりあっているという。

 率直に言って笑えない話だった。

 地球でも似た例は枚挙にいとまがないことを知っていたからだ。

 たとえばかつての大日本帝国陸海軍の対立は、ほとんど常軌を逸していた。

 互いにまともに連絡がいかず、ミッドウェー海戦で四隻もの空母を失ったことを海軍はしばらく陸軍に秘匿し続けた。

 もともとが絶望的な状況での対米開戦であり、勝ち目はなかったとは思うが、もし両者がきちんと協力しあえていたら、まだまともにやりあえていたかもしれない。

 陸軍は陸軍で満州に駐留していた関東軍が日本本国の言うことをきかずに好き放題をやらかし中国と泥沼の戦いに突入したのだ。

 イオマンテも事情は同じらしい。

 魔術師であれば情報の重要性は理解しているだろうが、今回は軍の中心である火炎魔術師たちがまず動いた。

 ひょっとすると、ユリディン寺院が裏で糸をひいている可能性もある。

 ユリディン寺院が欺瞞情報を流したことで、イオマンテの魔術師たちも混乱しているのかもしれない。

 モルグズたちがイオマンテの力を削いでくれれば儲けもの、とユリディン寺院の魔術師たちが考えていてもおかしくはないのだ。

 こちらとしては好都合ではあるのだが、やはり魔術師の集団というのは、決して賢明なわけではないらしい。

 とはいえ、イオマンテに対してまったく油断はしていなかった。

 互いにいがみ合っていても、彼らが魔術の専門家集団であることに代わりはない、ある意味ではいままでで一番、厄介な存在なのだから。

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