9 yiomanteres zertos wo:za zeroszo.(イオマンテ人はウォーザ神を信仰しているんだよ)

 わずか二日のうちに、アリッドの街には死の嵐が吹き荒れた。

 これほど潜伏期間の短い、致命的な病はモルグズは地球ではあまり聞いたことがない。

 スファーナの撒き散らした死病の勢いは凄まじすぎた。

 あの「血まみれ病」が可愛らしく思えるほどだ。

 冗談のように、人が死ぬ。

 厄介なのは、ほとんど症状らしいものが出ないのに、突発的に感染者が死ぬことだった。

 血まみれになるわけでもない。

 嘔吐などもない。

 ただ突然、呆れるほどの高熱に襲われ、気づくと心筋が停止する。

 その間に、モルグスたちは保存食などの必要な物資を確保していた。

 スファーナはいつ肉が食えなくなるかもわからないので、干したアシル豆や麦粉、さらには簡単な調理道具も揃えた。

 ウィルスか病原菌かはしらないが、この病はあまりにも局所的に人を殺す。

 およそ人の所業ではないが「死と破壊の王」にはむしろこちらのほうがふさわしいだろう。

 それでも、ときおりあまりにも膨大な死体を見て、レーミスが吐いていた。

 わずか二日でこれほどの死がもたらされることは、彼の想像を超えていたのだろうが、それでもお前はエグゾーン信徒か、と言いたくなる。

 自分の死は怖いくせに、他者の死には、モルグズもスファーナも鈍感になっていた。

 というより、そんなことを考えていたら自分の命が危険なのだ。

 むしろこれから死者が腐敗しだしたときのほうが、厄介かもしれない。

 そこからまた、新たな感染症が発生しうるからだ。

 予想通り、魔術師たちはみな、逃げ出したようだ。

 そのため、あっさりとアリッド男爵領の城門は突破できた。

 すでにイオマンテとの国境に迫りつつある。

 ただ、これで改めて、さまざまな勢力が自分たちの「危険さ」を意識しただろう。

 もはやセルナーダ全土の人々にとって、モルグスたちは危険人物なのだ。

 だが、だからどうした、とも思う。

 そんなことはとうの昔に覚悟している。

 もちろん、それで死への恐怖が消えるはずもなかったが。

 とりあえず、イオマンテに西から入ったものは、rxunacluという都で、魔術師は魔術鑑札を受け取るのだという。

 それを拒むものは、この都を避けるしかない。

 しかし、どうにもイオマンテの地名などの固有名詞は、いままでモルグズの知っていたものとは異質だ。

 ネルサティア人は西のアクラ海を渡ってきたので、セルナーダ東部のこのあたりの土地にはどうも先住民系の人々の言葉が地名などに残っているらしい。

 つまり、先住民系の血筋、文化なども残っている、ということだ。


 yiomanteres zertos wo:za zeroszo.(イオマンテ人はウォーザ神を信仰しているんだよ)


 というのが、レーミスの言葉だった。

 なんでもウォーザという神は、かつての先住民たちの主神だったようだ。

 だがネルサティア人の太陽神ソラリスとの戦いに破れ、その黄金の右目をくり抜かれたという。

 かつてのウォーザ神は天空神であり、嵐だけではなく太陽も司っていたらしい。

 そして、左目はネルサティア人のいうライカ、すなわち「銀の月」だったという話だ。

 古より「右目が太陽のくり抜かれた青い空の色、左目が銀色の月のものはいずれ太陽の王たちを打ち倒す」という予言があったともいう。

 事実、歴史上、僭称王リューンヴァイス、あるいは売国王女レクセリアなどが、その名前通りの瞳を持ち、旧三王国の王国を滅びに導いたのだ、という話だった。

 だが果たして真相はどうだろう、というのがモルグズの考えだ。

 それはいまのソラリス神を主神とする神話体系にあわせた作り話かもしれない。

 あるいは、神々の世界での争いが地上に反映された結果ではないか、と。

 地球における「正史」はまだましなほうなのだろう。

 歴史は勝者が書き記すものだが、直接的に神々は介入してこない。

 しかし超自然の存在が当たり前のように実在するこの世界では、さまざまな意味で「歴史」そのものの概念すら変わりうる。

 それはともかく、時折出会う人々を見ていると、確かにこの地の者は遺伝形質という意味では先住民の血は強いのかもしれない、と思う。

 明らかにイシュリナシアやグルディアの人々に比べて、より明るい色の髪や瞳を持つものが多い。

 ただ、ややこしいことに、これはまた別系統の民族の血かもしれないのだ。

 なんでもイオマンテがいまある地域は、南のnordaimという土地の住民に幾度となく襲われているのだという。

 そのため、言葉もずいぶんと訛っていると聞いて頭が痛くなった。

 アースラは良い女だったと思うが、彼女の訛りには閉口させられたものだ。

 また別の訛りがイオマンテにはあるらしい。

 たとえば、実際のイオマンテ人はyiomante、ではなく祖国をyomante、と呼ぶことが多いそうだ。

 つまりyとoの間にあるiが省略されている。

 なるほど、寒冷地の言語らしいとモルグズは思った。

 むろんすべての寒冷地の言語がそうだ、というわけではない。

 だが、一般に寒い土地の言葉は、なるべく口を動かさずに発音する傾向があるのではないか、とモルグズは考えている。

 日本の秋田弁などは、わかりやすい。

 「食え」、つまりkueという音が「ケ」、つまりはkeとなっている。

 二音節の言葉が単音節になっているのだ。

 もともと、母音でもiやuといった狭母音は脱落、つまり発音されなくなることが多い。

 寒冷地でそれが進むのは、たぶん発音によけいなエネルギーを使うのを嫌うからだろう、とのがモルグズの個人的な考えだ。

 ただ寒地の言語でもフィンランド語やアイヌ語など、それでは説明しきれない例はいくらでもあるのであくまでモルグズの私見にすぎない。

 実際、いかにも俗説的だと自分でも思うほどだ。

 それにしても、寒い。

 季節的なものだけではなく、イオマンテは考えてみれば大陸東岸に位置する可能性が高いのだ。

 一般に大陸の西岸は気候は穏やかで、東は温度差が激しい傾向がある。

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