8 yiomante wob nafa li cu?(イオマンテは何を考えてるんだろうな?)

 さすがにスファーナはもう落ち着いている。

 もともと彼女の精神は、もはやモルグズにも理解できない。

 ただ、レーミスは落ち着かない様子だった。

 お前もエクゾーンの信者だろ、と言いたくなる。

 その瞬間、いきなり外から、派手な爆発に似た音が聞こえてきた。

 突然のことにまわりの客は驚き、外に飛び出している者もいる。

 モルグズも一応、火が出ているかどうかは確かめたが、その形跡はない。

 ならばそれほど、心配することもないだろう。

 いま、おそらく自棄になった魔術師が恐怖のあまり、攻撃呪文を使ってきたのだ。

 だが、それは魔剣ノーヴァルデアの力によって「跳ね返された」に違いない。

 ただ、これから火炎系の呪文による攻撃への警戒は必要になる。

 この辺境の街は、木造の建物がわりと多いからだ。

 街路をゆくものたちの多くは、すでに青黒い病の悪霊に憑かれていた。

 彼らを哀れむのはさすがに偽善がすぎる。

 やがて朝食が運ばれてきた。

 食事といえば、毒を警戒するのは基本だ。

 だから、レーミスにまず勧めた。

 女装姿の少年は聡明だ。

 なので、なぜこちらがこんなことをしたかは理解できているだろう。

 それでも、彼が逆らわないことはわかっていた。

 理由はしらないが、この少年はモルグズのことを愛している。

 そしてそのいたいけな愛情を、自分は利用している。

 一瞬、レーミスの青い瞳の奥に、哀しみの色が揺れた。

 それでも彼は、大兎の肉と野菜、そしてショスのスープと、黒パンを食べた。

 特に異常はない。

 もしヒ素のような毒ならばともかく、これならば大丈夫だろうか。

 魔術的なものならば、モルグズにも見えているはずだ。

 味は今ひとつだったが、朝食を食べた。

 これからは食べ物や飲み物にまで気を使わねばならない。

 ただ、実をいえば今のですら、危険ではあるのだ。

 毒類には遅効性のものもいろいろと存在する。

 ただそれを警戒していれば、なにも食べられなくなるのでどこかで割り切るしか無い。

 まず間違いなく、この世界の王侯貴族は、毒を探知する魔術の品を所有しているだろう。

 これからは出来るだけ、そうした品を探さねばならないだろうが、滑稽だ。

 死と破壊の王とやらが、毒殺に怯えるのだから。

 旅の商人とおぼしき男が、愚痴る声が聞こえた。


 jen mxuln mende a:molum hasowa.(今は妙な厄介事がやたらと起きる)


 その原因が目の前にいるとは、さすがに気づいていないようだ。


 yiomante wob nafa li cu?(イオマンテは何を考えてるんだろうな?)


 何気なくモルグズが訊ねると、行商人はいろいろと親切に教えてくれた。

 今のイオマンテも問題が多い。

 なにしろ魔術王が闇魔術師だし、あの国はいつもなかで密かに争っているので、大変だ。

 商人としては商売がやり辛くなって仕方ない。

 特に今はクーファー信徒への取り締まりが厳しすぎて、いろいろと反感をかっている。

 率直な現場の意見、といった感じで貴重な情報に思えた。


 eto yu:jenartis cu?(お前さんは傭兵かね?)


 商人の言葉にモルグズはうなずいた。

 そんな可愛らしいお嬢さん二人を、護衛しているとは立派なもんだ。

 ただ、傭兵があまりでしゃばると、雇い主が不快に思うこともあるかもしれないので注意したほうがいいぞ。

 モルグズは必死になって笑い声をこらえた。

 たぶんこの商人も、昨夜のスファーナの嬌声を聞いているのだろう。

 両家の子女を傭兵がたぶらかすと、ろくなことにはならないと、警告してくれているのかもしれない。

 商売人特有の観察眼が、すでにこちら三人の関係性を把握しているようだ。


 kads!(お父さんっ)


 まだ七歳くらいの少年が、階段からやかましい音をたてて駆け下りてきた。

 もちろん、父親にも、少年にも、青黒い塊のようなものがはっきりと蠢いているのがモルグズには見えた。

 彼らにはなんの罪もない。

 運が悪かったのだ。

 molgimagz、すなわち「災厄をもたらす」この自分に関わってしまったのが彼らの不幸なのだ。

 レーミスは正視に耐えかねるような目ではしゃぐ親子を見ていた。

 だが、もうスファーナは関心を失ったようだ。

 いい加減、俺たちも狂ってる。

 果たして自分は正気なのかと考えてみたが、モルグズには自信がなかった。

 そもそも自分が生き残るために、三千人の人間を犠牲にする者はとても正気とはいえないだろう。

 他にもっと賢い手もあるだろうが、それすらも思いつかず、ほぼ本能で動いている。

 商人が息子の頭をなでながら、お前の将来が愉しみだと笑っていた。


 aa..gow ers mig yurin.erv narhan kads teg.(ああ、でもこれはとても賢いんです。私は馬鹿な父親ではありますが)


 kads ers narhan tans meg.now ers ned za:ce.(父親は息子については愚かです。でも、それは悪いことじゃない)


 下手をすると明日にでも病で死ぬかも知れぬ親子を相手に平然とそんなことを言える自分は、やはり怪物なのだろう。

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