12 uwowthama yurva era the+gxon!(ウオゥずアのことぶぁはだだしかった!)

 さすがに雪もいきなり蒸発はしない。

 少なくともこのあたりでは。

 それでも、あるいは前回よりも今回のほうが熱は強力に思えた。

 むろんこの熱は長時間、保つわけではない。

 それでも、間違いなくこのあたりの気象には相当の影響を与えたはずだ。

 前回は晴天のときに使い、そのあと雨から雪へと変わった。

 今回は吹雪のときに使ったが、少なくとも一時的に「災厄の星」が大気圏に突入し、地上に激突した衝撃波であたりの雲はみな飛び散ったはずだ。

 もっとも前回の経験から、また雨や雪に変わることは考えられる。

 気象はカオス系なので先読みは出来ない。

 それでも、少なくともたとえ短期間でも、吹雪を止めることには成功した。

 空を見上げると、群青色の空に無数の星々が瞬いている。

 ときおりそれが歪むのは、大気中に放散された高熱のせいもあるだろう。


 magboga...hxadato re li hosle cu?(怪物……お前、ホスに憑かれているの?)


 呆れたというよりは、こちらを恐れるようにスファーナが言った。


 gow eto ned sobce.(でも寒くはないだろ)


 モルグズは笑った。

 事実、いまは蒸し暑くて服を脱ぎたいほどだが、これがさほど長続きしないことはわかっている。

 再びノーヴァルデアを布で巻き、背中に背負った。

 東に歩き始めると、改めて「災厄の星」の威力がよくわかった。

 森では大木の多くが途中でへし折れ、根っこごと引き抜かれて転がっているものも珍しくはない。

 大量の雪が溶けたせいか、小川が濁流のように土砂を流していた。

 ときおり遠くから低い唸り声のようなものが聞こえてくるが、その正体をなぜかモルグズは知っていた。

 あれは雪崩の音だ。

 丘陵地帯の雪原に「災厄の星」を落とせば、こうなるほうがむしろ自然といえるだろう。

 果たして何者があの吹雪を起こしたのかはしらないが、もしこちらを凍死させるつもりだとしたら、その目論見は失敗したことになる。

 レーミスも、これが二度目のはずなのに、目を幾度も瞬かせていた。


 morguz...(モルグズ……)


 それきり言葉を失う、という表現がぴったりだった。

 今更、後悔しても仕方ない。

 ずっしりと、全身に鉛でも背負っているような重みがきたが、これにもしばらく耐えねばならないだろう。

 あのとき使わねば、まず間違いなく自分たちは死んでいた。

 その判断は間違ってはいなかったと思う。

 とはいえ、以前に比べ、巨大な力をふるうことについて無頓着になっているのも事実だった。

 巻き添えになったものもいるだろうが、もはやそんなことに構ってはいられない。

 本当に、自分の存在そのものが、災厄になっていく気がする。

 背後から、人の気配を感じた。

 振り返ると、何人もの髭を生やした男たちが、粗末な武器を片手にこちらを見つめていた。

 どうみてもイオマンテの魔術師には見えない。

 一番、近いのは「野盗の群れ」といったところだろうか。


 athu erth!(かりぇぢゃっ)


 rxu:nvath!(リューンヴァすっ)


 またなんだか、おかしな言葉を使っている連中に遭遇してしまった。

 ひょっとするとこれがイオマンテの訛り、なのだろうか。

 sとzが妙なことになっている。

 最初のathuに聞こえたのは、たぶんaz、彼のことだろう。

 rxu:nvathというのは、以前、レーミスがそんな名前の人物のことを言っていた気がする。

 thは、英語でおなじみのあの音だが、有声、つまりzのときはthに母音が後続し、無声の場合はthだけになっているようだ。

 地球でもかつてはthを音素に持つ言語はわりと存在していたのが、現在の主要言語では英語とアラビア語ぐらいにしか残っていない。

 ゲルマン語派ではよくこの音は使われていたが、今ではtやdに落ち着いている。

 おそらく、弁別、つまり聞き取って他の音と区別するのが面倒だったからだろう、とモルグズは勝手に考えている。

 しかしsがthに変化するというのも、どこか違和感が残る。

 むしろあるいは、これは逆なのではないか。

 そもそもいまのセルナーダ語は、古代ネルサティア語が先住民によって話されているうちにできた言語だというのがモルグズの予想だし、かつてヴァルサもそんなことを言っていたはずだ。

 このthはつまり、もとの先住民の言葉の音が「変化せずにいまでも残っているだけ」かもしれないのだ。


 uwowthama yurva era the+gxon!(ウオゥずアのことぶぁはだだしかった!)


 fは一部がvになっている。

 ひょっとすると、これもまた古い形が残っているのかもしれない。

 いずれにせよ、グルディア訛りなみに強烈な言葉ではあるが、むしろこの程度の変化ですんでいるほうが奇跡的なのかもしれなかった。

 

 wob ers uwowtha cu?(ウォゥずアってなんだ?)


 スファーナが肩をすくめた。


 uwowtha ers wo:za.(ウォゥずアはウォーザのことよ)


 ひょっとすると、ウォーザは先住民系の神なのだから、むしろuwowthaのほうが元の音に近いのかもしれない。

 それにしても、こいつらは何者だ。

 どうも山賊の類ではないようだ。

 さらによく見ると、彼らのなかに鉄ではない剣を持っているものがいることに気づいた。

 わずかに赤みがかった金色、とでも表現すればいいのだろうか。

 いくらなんでもと思ったが、あるいはあれは、青銅製の剣かもしれない。

 とはいえ、いまどき青銅の剣などというあまりにも古臭いものを使う者がいるとはしても信じられない。

 それは鉄に比べればあまりにも重い上に脆いので、とうに鉄器に駆逐されているはずのものなのだ。

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