7 mazefate cu?(目が醒めた?)

 なにか恐ろしく長い夢を見ていた気がする。

 そうだ、確かノーヴァルデアが……。

 馬鹿げた悪夢だ。

 彼女は今も……傍らにいた。

 魔剣となって。

 これはなにもおかしくない。

 彼女が望んだ幸福なのだから。

 しかし、それとはまた異なる暖かなぬくもりはなんなのだろう。

 胸のあたりに柔らかなものが押しつけられている。

 熱い、といったほうが正解かもしれない。

 途端に、股間が狂おしいほどに反応した。

 なめらかな象牙のようなきめ細やかな白い肌だ。


 mazefate cu?(目が醒めた?)


 昔、ひどく昔に言葉を聞いた気がするが、彼女の髪と瞳の色は、いまの少女のものとは違う。

 黒褐色の長い髪と、スミレ色の瞳をしたどこか高慢そうな娘が、こちらの胸に顔を押し当てる。


 erig van.sxete del.(良かった。ずっと寝てたんだから)


 sxev del...(寝てた……)


 あたりを見回したが、どこかの廃屋のようだった。

 一時期にまわりを片付けたようだが、雨がしのげるだけましなのだろうか。

 一体、なにが起きたのだろう。


 eto sufa:na...ta...(お前はスファーナ……そして……)


 床は粘土を固めたような、半ば朽ちかけた農家らしい建物だった。

 辺境を開拓しようとした農家の廃墟、かもしれない。

 

 wam hasogo cu?(なにがあったんだ)


 ようやく意識がはっきりしてきた。


 vekava ci ned.gow,,magzartis ers foy jabce.(わかんないわよ、でも、魔剣は危ないのかもしれない)


 なにが危ないというのだ。


 zaclato re cedc tarmaszo mazgartisle!(あなたは魂を魔剣に削られているみたいよ!)


 zaclatoの不定形である動詞zaclarは、物を削る、というのが本来の意味であり本来は精神的なものの魂には使えないはずだった。

 セルナーダ語は文法的には曖昧なところも多い気がするがなぜかこのあたりには神経質である。

 だが、いまはcedc、つまり「ような」という単語が使われているので比喩として機能しているのだろう。

 魔剣に魂を削られる。

 それは「ノーヴァルデア」に対する侮辱ではないかと思った瞬間、頭の芯が熱くなった。


 savu:r! no:valdea era...(待て! ノーヴァルデアは……)


 ne: magzartisle.(魔剣になったわ)


 それは間違ってはいないのだが、なにかが噛み合っていない。


 no:valdea era magzartis.vekato li cu?(ノーヴァルデアは魔剣なのよ、理解してる?)


 melrum ers! gow...(当たり前だ。でも……)


 zemgato re fog cu?(お前、殺されたいの?)


 いきなりスファーナが泣き出した。

 とっさに反応できず、モルグズは困惑した。


 had magzartis zemgato fa tic!(あの魔剣はあんたを殺すに違いないのよっ!)


 お前になにがわかると叫びたかったが、スファーナは乳房をあらわにしたまま、ほっそりとした裸身を震わせていた。


 lakato tuz.(お前が好きなの)


 ならばなんだというのだ、馬鹿馬鹿しい。

 自分は決して性的な意味ではなく、ノーヴァルデアを愛しているのだ。

 今更、三百歳を超えた色ボケババアがなにを言う、というつもりだった。

 だが、スファーナの目を見ていると、なぜかそれが出来なかった。

 女という生き物は卑怯だと思った。

 スファーナがなにを危惧しているのか、理解できなくもない。

 確かにあの魔剣は、諸刃の刃なのだろう。

 あまりに使えばこちらの魂をも削っていく、そういうたぐいのものなのだ。

 だが、魔剣というのはそういうものではないのか。

 それでも怒りながら無言で裸のまま部屋を出て行くスファーナの尻の締りを見て、いいケツだと考える自分がひどく愚かな存在に思えてくる。

 まるで入れ替わりのように、レーミスが部屋に入ってきた。


 resa era dozgin.(女の人は難しい)


 しおらしくしていると、そういうレーミスも妙な欲情を抱きかねないくらいの美少女に見えるのがなんとも複雑だった。

 かといって、自分も地球にいた頃の女性とのつきあいは、およそ普通ではなかったのでなんともいえないのだが。


 dusonvato viz cu?(僕のこと嫌いだよね?)


 また奇襲だが、なんと言っていいかわからなかった。

 

 atmav dusonvav re reysule,(人に嫌われることには慣れてるよ)


 レーミスの言葉が妙に胸に痛い。


 now,vomov dusonva:r sufa:nazo.(でもスファーナを嫌わないで)


 lakato sufa:nazo cu?(お前はスファーナを愛しているのか?)


 ya:ya.(ええ)


 これには度肝を抜かれた。

 男性同性愛者のレーミスにとっては、むしろ彼女の行動は不快かもしれないと思ったからだ。

 同じようにエグゾーンの信者だから、というのともなにか違う親近感が感じられる。

 だが、それで彼の感情を否定するのもなにか違う気がする。

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