6 sufa:na?(スファーナ?)
ふいに、寒気を覚えた。
この悪寒は、地球にいたときに似たようなものを経験している。
まるで、熱でもあるかのようだ。
待て。
この体は、半アルグの体は病に耐性があるのではないか。
なのに、いまの自分は一体、なぜこれほど震えているのだろう。
sufa:na?(スファーナ?)
ひょっとしたら、この女は俺を裏切ったのではないか。
あるいは、こちらを最初から殺して魔剣を、ノーヴァルデアを奪うつもりではなかったのか。
いや、レーミスも心配そうな顔の裏側で、嘲笑っているのではないか。
信用できるのはノーヴァルデアだけだ。
そう思い「彼女」を手にとろうとすると、ひどい吐き気に襲われた。
待て。
やはり体調がおかしい。
誰かが心の奥底で叫んでいる。
目を醒ませ。
正気にもどれ。
これ以上は、本当に戻れなくなる、と。
一体、どこに戻るというのだ。
俺はこれからずっと、ノーヴァルデアと一緒に幸せに暮らすつもりなのに、誰が邪魔をしているのだ?
いつのまにか、視界が涙で歪んでいた。
レーミスもスファーナも、笑っている。
みんながこちらを嗤っている。
やめろ、と叫ぼうとした刹那、意識が断絶した。
またこの闇のなかだ、と思ったが、いつもとどこか様子が違う。
死の女神が、ゼムナリアがいない。
では、ここはどこだ?
気がつくと、白銀の鎧をまとった騎士が傍らに立っていた。
その胸の鎧には、天秤と剣を組み合わせた意匠が刻まれている。
よく見れば、反対側には漆黒の鎧をまとった騎士もいた。
長身で、面頬の奥からはひどく虚ろなつぶやきのようなものが聞こえてくる。
奇怪な角を生やし、黒い羊の頭を持つ女神が悪鬼じみた病の悪霊に乳房を吸わせながら、にやにやとこちらを黄ばんだ目で見つめている。
赤黒い炎を後背に燃え立たせた漆黒の影が、紅蓮の火炎が渦巻くなか、なにか叫んでいる。
俺は、こいつらを知っている、とモルグズは思った。
人ならざる者たち。
僧侶の法力や神託を与え、自らの目的に忠実なものたち。
白銀の騎士の名を知っている。
黒い絶望と苦悩の騎士の名を知っている。
病の女王も、炎と破壊による浄化を求める神の名も知っている。
こいつらはみんな、俺を利用しようとしているのだ。
俺はお前たちの手駒ではないと叫ぼうとしたが、出来なかった。
妙ちくりんな格好をした道化のような男が、気の毒そうにこっちを見ている。
(もう遅いんだよ。君にとってはとても不幸なことかもしれないけど)
(ナルハインっ)
なぜかこの神にだけは口をきけた。
(これはお前の仕業かっ!)
(違うよ。でもさっき君が考えていた幾つかのことは、まったくの被害妄想や見当違いってわけでもない。やっぱり君はこの世界の人間とは違うんだね。たいていの人間は、途中で諦めるんだけど)
(諦める?)
(みんな君の価値を知っているんだ。ここにいまいる奴らだけじゃない。セルナーダだけでもどれだけの神々と呼ばれる連中がいると思っているんだい?)
見当もつかなかった。
(いずれにせよ、もう賽は投げられたんだ)
どこか遠くで、酔って目をとろんとさせた女が、双六でも楽しむかのように賽子を振っていた。
そのすぐ隣で、美しいが無表情な顔をした女が、黙々と書物にむかってペンでなにかを書き記している。
(現実を認めたほうがいいよ。君は「何一つ、成功しちゃいない」んだから)
(なんの話をしている)
(ノーヴァルデアを守れた? とんでもない誤解だよっ! 確かに彼女はいま、幸せかもしれない。しかしそれは「君が望んでいた彼女の幸せとはほど遠いものだ」)
(黙れっ!)
(逃げられはしないよ)
ナルハインが冷え冷えとした声でつぶやいた。
(君はあまりにも力ある神々に目をつけられている。いずれ君は神々のいずれかに下ることになる。もし、現実を認めさえしなければね。そしてそのときから、君は神々の奴隷になるんだ。いや、神々も奴隷だからね……)
(なんで力ある神々が奴隷なんだ! おかしいだろうっ!)
(ちっともおかしくないよ。そもそもこの世界の、いや、あえて言うと君の世界でも、誰が神々の存在を望んだんだろうね。いいかい、別に被害者面とやらをするつもりはない。でも、僕らはどこからきたんだろう。その答えを、本当は君も知っているはずだよ。ネスの街でなにがあったか、もう忘れたのかな?)
ネスの街。
全身を血まみれにした人々が彷徨っていた。
無数の死体が転がっていた。
人々は、石を投げていた。
だが、誰に?
なぜ?
(人々は正義を求める。なぜだろうね)
わからない。
(人々は死を恐れる。その結果、生まれたものはなんだろう?)
わかりたくない。
(豊かな実りを、眩しい陽光を、苦悩からの救済を人々は求める。病を恐れながら、自分だけは病にはかかりたくないと願う。世界を不浄だと思い、すべてを焼き尽くしたいと思う……そういう思いはどこから生まれるんだろう? でもね、時折、そういう想いに負けない人間がいる。別に僕はそうした人間たちの弱さを咎めているわけじゃないんだ。だけど……彼女は違ったよね。君がいつまでも逃げていると、いずれ本当に手遅れになるよ。君はとても便利な道具だからね……つまり僕ら、神々にとっては)
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