5 le:mis! dagla:g era! era aknxo:bas cedc,nxo:basma gil era artis!(レーミス! dagla:g だ! タコみたいで、触手の端は剣だ!)

 突然のことに、モルグズは反応も出来なかった。

 それはおそらくはスファーナも同様だろう。

 一種にして、スファーナの右膝から下の部分が、まるでなにかの冗談のようにくるくると宙を舞っていた。

 切断されたのだ。

 扉のなかにいたものは、モルグズの想像を絶するほど忌まわしいものだった。

 一見するとタコに似ているが、さすがにこの地にも触手の先端が長剣になっているタコは存在しないだろう。

 色は青黒く、表面で不気味な粘液のようなものがぬめっている。

 さらに体のあちこちに、明らかに金属製の盾とおぼしきものがはりついていた。

 むろんこれが、まともな生物のはずがない。

 dagla:gに間違いなかった。

 一応、万一、dagla:gに遭遇したときの対処法は、すでに聞いている。

 この化物たちにはさまざまな種類のものがいるが、共通している点がある。

 mansと呼ばれる、物質に憑依する際の焦点のようなものがあるのだ。

 本来、mansとは中心、中央のような意味だが、この場合は「核」と考えたほうがたぶんわかりやすい。

 dagla:gの物質界においての肉体はきわめて強靭なため、徹底的に破壊するのはよほど強力な攻撃魔術でもないかぎり、不可能だという。

 さらに種類によっては、魔術すらも無効化するらしい。


 le:mis! dagla:g era! era aknxo:bas ced,nxo:basma gil era artis!(レーミス! dagla:g だ! タコみたいで、触手の端は剣だ!)


 u:tav zad! era gu:nxalza:lag! era mig go+zun! tanju:r!(最悪だよ! グーニャルザーラグだ! すごく強いんだよっ! 逃げて!)


 むしろレーミスのほうが恐慌をきたしている。

 つまり彼は、この化物がどれほど強力なのかよく知っている、ということだろう。

 しかし、これは千載一遇のチャンスだ。

 これから今まで以上に、ユリディン寺院は警備を厳重にするだろう。

 つまり、再びここまでやってくる機会は、もうないと考えていい。

 そのとき、怪物の金色の目と、モルグズの目があった。

 信じられないことに、およそ人類とは異質だろうがこいつにはかなり高度な知性のようなものが存在する。

 そして、そいつは嗤っていた。

 卑小すぎるモルグズの存在そのものを嘲笑していた。

 気がつくと、失禁していた。

 激甚な恐怖に、肉体が耐えられなくなったのだ。

 いまは気力で立っているのがやっと、という状態だった。

 片足の膝下を失ったスファーナは血溜まりのなかで倒れている。

 この状況では彼女は、戦力としてはまったくあてにならない。

 であるならば。

 自分一人で戦うしかない。

 もしこの計画が頓挫したら、ゼムナリア女神はなにを考えるだろう。

 彼女にとっては、ただの戯れでも、あの女神の性格からして腹立ちまぎれにノーヴァルデアを殺すことさえ考えられる。

 自分の僧侶の命すらもなんとも思っていないのだ。

 神々の傲慢といっていい。

 ある意味では、いまこちらを嘲笑っているこのタコの化物も似たようなものだ。

 お前ごときになにが出来る、と嗤っている。

 また、声ならざる声が聞こえたような気がした。

 両目の間をねらえ、と。

 まさか、やはり魔剣そのものが語りかけてきているのか。

 しかし、いくら両目の間をねらえと言っても、そこに向かうまでにたぶん、何本もの触手の先の剣が自分の体を切り刻むだろう。

 そのとき、背後から叫び声が聞こえた。


 morguz!


 ふいに時間の進みが奇妙に緩慢になったように思えた。

 空を、切断されたスファーナの足が飛んでいる。

 彼女は自らの足を、タコの怪物めがけて投げつけたのだ。

 一斉に、何本もの触手がスファーナの足であった棒のようなものに殺到していく。

 そこに隙が出来た。

 怪物はほとんど反射的に、何本もの触手でスファーナの足だったものを攻撃している。

 モルグズはほとんど考える暇もなく、一気に敵めがけて駆け出していた。

 鞘から引き抜かれた長剣の切っ先が狙うのはただ一つ。

 こちらを嘲笑うあの金色の二つの巨大な眼球の間だ。

 恐ろしく弾性に富む分厚い表皮と肉のようなものを貫き、さらにその奥まで長剣を柄の近くまで突き立てた。

 そして、異変は起きた。

 無茶苦茶に触腕を振り回した怪物の体から、どす黒い蒸気のようなものが吹き出し始めたのである。

 明らかに、化物は悶え苦しんでいた。

 さきほどまで勝ち誇っていた金色の目玉にいま浮かんでいるのは、あるいは怯えの色だろうか。

 信じられぬほど急速に、怪物の体は縮んでいった。

 立て続けに、石床に何本もの剣や盾が落下する音が鳴り響く。

 幾つもの古風な盾や剣の他に残ったのは、ひからびたタコの死体だった。

 勝った。

 だが、これは僥倖と呼ぶべきだろう。

 もしなに一つ迷わずに、あの眼球の間に剣を突き立てていなければ。

 そしてスファーナが、とっさに切断された足を投げつけていなければ。

 それ以前に「何者かがあの化物の弱点である核の位置を押してくれなければ」。

 その声ならざる声の主を捜したが、奇妙なことに魔剣らしいものは見つからなかった。

 伝説の魔剣。

 怪物の触手の先についていた剣はあったが、一目で別物とわかる。

 やがて、盾の下に落ちていた「それ」に気づいた。

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