第十七章 molgimagz(災厄をもたらす)

1 sor zamto cu?(あんた、いつ死ぬの?)

 たぶん、概ね下調べは終わったといっていいだろう。

 あれからゼーミャとレーミスの部屋を行き来して、すっかりユリディン寺院の構造にも詳しくなった。

 おそろしいことに、かつてレーミスはユリディン寺院の防御結界の作成にも参加していたという。

 つまり、弱点もよく知っているわけだ。

 それを聞いて、あの結界突破のやり口がなにかに似ていると思っていたが、その正体にようやく気づいた。

 あれはネットのハッキングそのものだ。

 人を介するソーシャルハックは自分の担当。

 そして魔術宇宙を介するいわばマジカル・ハッキングはレーミスの担当。

 そう考えると、ちょっと怖いほどによく似ている。

 だが、もともと地球のコンピュータ技術はさまざまな面で魔術的な発想の影響をうけている。

 たとえばノイマン型コンピュータでよく使われる、一時的にプログラムを呼び出し、実行する形式は中世の魔術師の悪魔召喚がヒントになったとも言われている。

 かつてはこの世界にコンピュータなどあるわけがないと思っていたが、まったく異なる形でその原形となるものが実際に運用されていたのだ。

 さらに恐ろしいのは、魔術師たちは魔術的な手段で思考する存在を生み出し、それを今のユリディン寺院でも使っている、ということだ。

 「思考体」、あるいは「思考結晶」などと呼ばれているようだが、この技術は今では失われ、あまり使われていないらしい。

 それでも合言葉などによる認証があるのは、地球のそれと大差ない。

 レーミスは地球の技術に興味をしめしたが、やはりコンピュータというのはよく理解できないようだった。

 ただ、デジタルどうこうではなく、コンピュータのシステムを擬人化したりすると、急激に理解度があがる。

 コンピュータというよりネットワーク化のほうにどうも興味があるようだ。

 またプログラム言語についても、レーミスはあっさりと言ってのけた。


 yuridyurfa cedc era.(呪文みたいだ)


 同感だった。

 実際のところ、大規模な儀式魔術などでは、ほとんどコンピュータのプログラミングに近い術式を使うらしい。

 つまり、もしこの条件を満たせば次の命令を実行せよ、というものの連続なのだという。

 ただ違う点があるとすれば、コンピュータは機械が判断するが、この世界の魔術ではそれを判断するものがいないという点だ。

 たとえば、正しい魔術印と発音であっても、「それを識別して魔術にするものがいない」ということである。

 だが、これまたレーミスはあっさりと答えた。


 yuridin yas.(ユリディンがいる)


 多くの魔術師はユリディンは人格を持つ神であり、正しい呪文の使い方をしたときだけに応えてくれると考えているようだ。

 だがレーミスの考えは違う。

 「みんながユリディン神がいると思いこんでいることで魔術宇宙が変性し、その結果、正しい魔術印や呪文が機能するのではないか」という。

 そういう意味で彼は「ユリディンがいる」と言ったのだ。

 これではまるで、ユングの唱えた集合無意識的な理論のようでもある。

 無意識という概念を唱えたフロイトの弟子、ユングは人間には個人の無意識を超えた集合的無意識がある、と考えた。

 世界の遠隔地で似たような神話が語られているのは、人類に普遍の無意識的な概念があるためではないか、と。

 ただ、レーミスによると魔術宇宙は、特に魔術師の意識に感応しやすいという。

 だから、魔術師が無意識レベルで五大元素論などを信じ込めば信じ込むほど、そうした「形」が安定して術が発動しやすくなるのではないか、という説だ。

 とても十代初めの少年の言葉とも思えないが、確かにうなずけるところはある。

 だが、彼の説を五大元素論を墨守する他の魔術師たちは決して認めないだろう。

 そういう意味でもやはり、レーミスは確かに規格外の天才なのかもしれない。

 一方のゼーミャは、そんな魔術の理論になど興味は特に無いようだった。

 彼女はすでに、五大元素理論を受け入れ、魔術師は特定の印と発音とで発動するものだと信じているからだ。

 モルグズは魔術には無縁なふりをしているので、あまり彼女に深くそういうことを聞けなかった、というのもある。

 爛れた夜の寝物語で、モルグズはさまざまなユリディン寺院の内情を聞き出していった。

 たぶん、ゼーミャは本当にこちらを疑ってはいないのだ、と思う。

 それでも、決してユリディン寺院を侮ってはいなかった。

 最悪の場合、ゼーミャは知らずに囮として使われ、裏でユリディンの牙が暗躍している、ということは十分に考えられたからだ。


 lams vos magzucho.(幸せは災いと一緒にやってくる)


 寝台のなかで彼女が放った言葉に、モルグズは体をこわばらせた。

 だが、彼女の科白に深い意味はないらしい。

 この地ではよく使われる諺のようなものだ。

 それでも、自分がまさにその災いだと考えると、モルグズとしては笑えない。

 どこかでゼーミャに情が移っている。

 実際、ゼーミャは「いい女」だった。

 優しく、孤独で、愛を求めていながら自分を信用しきれていない。

 人によってはありふれた女、とも言うかもしれない。

 だがその哀しいほどの平凡さが、ときおりたまらなく愛おしい。

 ノーヴァルデアやスファーナともまた違う。

 もしこんな女とこの世界で世帯をもてたら、と馬鹿馬鹿しいことを考える。

 つつましやかに、この異世界でゼーミャと暮らして、ごく当たり前のように、ある日、死ぬ。

 それはそれほど悪い人生だろうか。

 なのに、やはりヴァルサと、なによりノーヴァルデアに申し訳なく思う。

 自分はひどい男だなのだろう。

 どこかでヴァルサをすでに死の世界の住人と考えている。

 そんなたまらなく哀しく、泣きたくなるときにゼーミャの生きた肉体を激しく掻き抱く。

 死の名を魔術名に冠する女。

 アースラとのときは、こんなに湿っぽくはなかったはずだ。

 どこに行っても自分には死がまとわりつく。

 死の女神によってこの世界に召喚されたのだから当然、と考えるべきなのだろうが。

 明るい声で、いきなり酔ったゼーミャが言った。


 sor zamto cu?(あんた、いつ死ぬの?)


 絶句した。

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