10 ta erv fens ko+zolm to:radan zambozo wogno.(そして僕は結界をこっそり突破するのが得意なんだ)

 ぎょっとした。


 vomov nafa:r.wam sxulv sufa:nazo.(考えてみてよ。なんで僕がスファーナを知っているのかょ)


 スファーナはエグゾーンの尼僧である。


 eto egzo:nres cu?(お前はエクゾーンの信者なのか?)


 かすかにレーミスは微笑んだ。

 この少年の聡明そうな青い瞳の奥にも、果てしなく虚ろな闇が存在するのだ。


 jen,nantuv yav yiomntenxe.yuridin zerosef sxugiya re vim nantule.(いま、僕はイオマンテにいるふりをしてる。ユリディン寺院は僕の偽装に騙されているんだ)


 今度はついに、魔術師たちの王国、イオマンテまでからんでくるのか。

 もはやセルナーダの地の三大国家すべてを自分たちは巻き込もうとしている。

 いや、ゼムナリアがそれをもくろんでいる、というべきか。


 ers mig mende ers yiomante ta yuridin zerosefma se:lna.(イオマンテとユリディン寺院の関係はとても面倒なんだよ)


 それから少年はそれなりにわかりやすく説明してくれたらしいが、モルグズのセルナーダ語の能力では大雑把なところまでしかわからなかった。

 両者とも魔術師の集団という意味では、同じようなものだ。

 だがユリディン寺院はイオマンテそのものを嫌っているという。

 基本的にユリディン寺院は、魔術は常に政治的な中立性を保ち、俗世の権力とは距離をおいたほうがいいと考えているのだ。

 それはモルグズとしても理解できる。

 歴史的な経緯もあるし、人々は魔術師を恐れているのだからそのほうが賢明だ。

 特定の勢力を手をつるむと、敵対勢力に敵視される。

 しかしイオマンテの魔術師たちはこともあろうに自分たちが権力者となり、一般人を支配する王国を作り上げてしまった。

 この事実により、潜在的に人々の間には「自分たちも魔術師によりいつか支配されるのではないか」という恐怖が広まったのだという。

 イシュリナシアとグルディアが友好的な関係を結べば、両国で共同してイオマンテに攻め込むかもしれない。

 もっとも、イオマンテは原則として自分たちが攻められたときしか軍事行動を起こさないのだという。

 だが、いままで何度か行われてきた戦争は、ほぼ常にイオマンテ側の勝利に終わってきた。

 イシュリナシアとグルディアが重装騎兵による突撃戦術を重視しているのに対し、イオマンテは遠隔地から攻撃魔術を放ってくる。

 むしろ勝ち目がなくて当然だ。

 イシュリナシア、グルディア両国も戦争で魔術を使うことはあるらしいが、それは主に伝令や偵察といった場面に限られているという。

 すでにイオマンテでは残りの二国よりも早期に中央集権化が始まり、大量の魔術師を効果的に育成しているらしい。

 そこには身分差などは関係なく、魔術師か、そうでないかの違いしかない。

 イシュリナシアやグルディアでは積極的に魔術師を登用したりはしないので、その質も違ってくる。

 さらには育成コストも安いのだろう、とモルグズは思った。

 すでに魔術師を効果的に育成する方法が存在しているとなれば、今からイシュリナシアなどが真似をしたところで費用対効果で分が悪い。

 さらにいえば、いまの魔術師たちへの扱いをみれば、両国ともイオマンテのように魔術師に兵権を与えるとは思えなかった。

 そんなことをすれば、それこそ謀反でも起こされ、第二のイオマンテになるかもしれない。

 幸いなことにイオマンテは、自領の外にはあまり興味はないようだ。

 代々の魔術王と呼ばれるイオマンテの王のなかには、外征を企てたものもいたらしいが、みな国是に反するとして暗殺されたという。

 魔術師同士が互いを監視し合う全体主義国家、というのがあるいは実態に近いのだろうか。

 そういえばヴァルサはイオマンテ嫌いだったが、話を聞けばうなずける。

 そんな国の存在じたいが、ユリディン寺院からすれば許しがたいのだろう。

 しかしイオマンテは国家の守護神をユリディンと定め、表向きは礼儀正しくこのメディルナのユリディン寺院の「助言にしたがっている」のだという。

 そろそろ各国の勢力図が欲しくなってきたほどに、このセルナーダの地では複雑怪奇な関係で結ばれた、無数の勢力がそれぞれ力を握っている。

 だがこれすらもこの地の勢力の氷山の一角に過ぎず、人目に現れないにくいところでは無数の魔術師の秘密結社、盗賊トゥーレ、邪神の寺院などが離合集散を繰り返し、激しい対立を続けているという。


 zambo era van.ham ers safs.(結界はいいよ。もっと単純だ)


 zambo?(結界?)


 かつてアスヴィンの森の奥で、ラクレィスが魔獣よけの結界と呼ばれるものを張っていたが、それがもう大昔の出来事のように思える。


 zambo zambos yuridbemzo.vekato ci yuridum zambos nxal cu?(結界は魔術界をzamboする。魔術的にzamboする、ならば理解できるかな?)


 zamboは名詞だったが、いまはzambosと活用していたので、動詞にもなるようだ。

 おそらく「魔術的に遮断すること」が、つまりは結界なのだろう。


 ta erv fens ko+zolm to:rdan zambozo wogno.(そして僕は結界をこっそり突破するのが得意なんだ)


 少年がなにやらつぶやいた瞬間、ふいに目の前の空間に奇妙なものが出現した。

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