9 sxlulv had reys zemges re fen zo.(あの人が殺されたことは知っている)

 ko:nalm fa:hanという言葉そのものは知っていた。

 ko:nalmaは動詞konar「会う」の副詞形、fa:hanは動詞fahar「喜ぶ」の形容詞形であり、「嬉しい」を意味する。

 つまり「会って嬉しい」ということなのだが、これはずいぶん昔に、ヴァルサに教わった挨拶だった。

 実際に聞いたのは初めてだ。

 それなりにいままで多くの人々に出会ってきたというのに。

 これはラクレィスから聞いた「下品なセルナーダ語」に相当するので、形式張ったものではなく、気さくな挨拶なのだろう。

 もう、ヴァルサもラクレィスもいない。

 今更、そんな当たり前のことを強く意識した。


 wob ers cu?(どうしたの?)


 mende era ned.(問題ない)


 昨日、ゼーミャと激しく交わったせいか、それとも寝不足なのか、今日は妙に涙腺が緩む気がする。


 eto...rxafsa cu?(お前は……女の子か?)


 どう見ても、少女にしか思えない。


 erv ned.erv reys.jopag yatmiv re gow.(違う。男だよ。よく間違えられるけど)


 しかしスカートをはいているというのは、どういうことだろう。

 ラクレィスが愛した魔術師は、男性同性愛者であることが露見し、殺された。

 それほどまでに男性の性倫理には厳しい社会なのである。

 いくら少年でも、女装が許されるとは思えない。


 gow ers ko+zo erv reys. dusonvav mendezo.(だけど僕が男なのは秘密だよ。面倒は嫌いなんだ)


 それはそれとして、スファーナはなぜこの女装した美少年を紹介したのだろう。


 sufa:na.


 助けを求めるようにスファーナの顔を見ると、彼女は答えた。


 ers go+defe suyyuridres!(すごい水魔術師なのよっ)


 魔術師と聞いて、モルグズは呆然とした。

 この少年はヴァルサと同い年か、あるいはそれよりも年下に見える。

 とはいえ、スファーナがこちらをからかっているとも思えない。

 かつてラクレイスから聞いた話をふと思い出した。

 魔術の才能は、なんといっても生まれつきの要素が大きいのだという。

 ときおり、幼くてもとんでもない魔術の才に恵まれた子供が生まれるらしい。

 何十年も研鑽を積んだ魔術師でさえ、この手の人間にはかなわないのが魔術の世界の残酷さだと言っていた。

 ラクレィスもあの若さで「ユリディンの牙」に所属していたのだから相当の魔術師のはずなのだが、

 実はそのラクレィスも、モルグスの魔術の才能に心底、驚いていたのだが彼自身はそんなことはあまり覚えてない、というのは実に皮肉な話ではある。

 いずれせよ、何事にも上には上がいるらしい、とモルグスは納得しようとしたが、レーミスの言葉に体がこわばった。


 gow ers jabce.yuridinma morguz aklowa li viz.(でも僕も危ないんだ。ユリディンの牙に狙われているから)


 この少年の心臓には毛でも生えているのだろうか。

 見かけによらず、とんでもなく豪胆だ。

 なにしろ、ここからユリディン寺院の二つの塔が、見えるほど近くにいるのである。


 yuridin zerosef wam aklowa tuz cu?(ユリディン寺院はなぜお前を狙うんだ?)


 lakegiv reysuzo.(男の人を愛したから)


 またそちら方面か、と思った。

 地球でも、特にモルグズは同性愛者に寛容だったわけではない。

 というより、まったく興味がなかった。

 関係ないので好きにしてくれ、といったところが本音だったのだ。

 それでも、ラクレィスを友人として、あるいは魔術師の師として彼なりに尊敬していたので、やはりあまり愉快な気分ではいられなくなる。

 ただ、前近代社会というものは、つまりはそうした場所ではあるのだ。

 そもそもセルナーダ語にはたぶん現代日本語でいう「差別」という言葉は存在せず、「悪い者を区別する」程度の単語しかないのだろう。

 人々は当然のこととして階級差を受け入れており、僧侶は立派で、魔術師がすごいが自分たちとは恐ろしい存在と見なしている。

 異国の人間はよくわからないが、みんな厭な奴ら扱いだ。

 とはいえかつての地球も大差なく、ある意味ではこの世界よりひどいことも行われていたのだから、一方的に「遅れた世界だ」と決めつけるのもなにか違う気はする。


 erig no:vayuridres.o:dor no:vce pari,no:vce casma:.ta eln lakfe het...(闇魔術師だったよ。青黒い瞳、黒い髪、そして白い綺麗な肌……)


 嘘だろう、と言いたくなった。

 だが、別にこれはおかしなことではない。

 もともと同性愛者が禁じられている社会の上、魔術師は特にそういうことに厳しいので、同じ性的嗜好を持つものどうしが、互いの存在になんとなく気づいていたことはありえる。

 ただ、もうラクレィスは死んでいる。

 そして彼の死を、この少年は知らないかもしれない。

 確か、ラクレィスが愛した男の名はナーファスと言ったはずだ。

 その名を出せば、ラクレィス……これは当然、偽名だろう……の本名もわかるかもしれない。

 とはいえ、それも残酷な気がした。

 彼はゼムナリア信者となって自分たちとともに恐ろしい疫病をばらまき、多くの人々を殺したのだ。

 そんなことをこの少年には知らせたくない。

 だが、レーミスは淡い微笑を浮かべた。


 sxlulv had reys zemges re fen zo.(あの人が殺されたことは知っている)

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