8 aa,eto o+dol.ko:nalm fa:han.erv le:mis.(ああ、あなたがお客さん。お会い出来て嬉しい。僕はレーミスです)

 そのとおりだ。

 いつのまにか妙な勘違いをしていたらしい。

 かつて地球で罪もない女たちを惨殺し、この世界にきてからも多くの民を疫病で殺したのにいまさら、善人ぶってどうする。


 vomova zakma:r vaz.erav egzo:nma zeresa.(私を利用してよ。私はエグゾーンの尼僧なんだから)


 tom zerosa seloga cu?(お前の女神が命じたのか)


 小さくスファーナが笑った。


 ta jod ers vam a:bo kap.(そしてそれは私の意志でもあるのよ)


 いままでこの三百歳の「少女」を見誤っていたようだ。

 彼女は気まぐれだし、わがままだが、伊達に三百年を生きてきたわけではないようだ。

 自分の心が半アルグの女性を魅了する力に影響されていることを認識しつつも、冷静に自らを見つめ、なにをすべきかを考えている。

 これがもし善をなすためならどれだけ良かったか、と思うが、それこそ偽善というものだろう。

 スファーナの言っていることは、まったくその通りなのである。

 自分は悪人だったし、悪事をなしたし、これからも災厄としてこの世界で生き続けるしかない。

 理由はノーヴァルデアを幸せにするためだ。

 傲慢もいいところではある。

 自己満足の極みでもある。

 それでもあの少女を幸福にするためであれば、なんだってする。

 かつて一度、失敗した。

 だが今度こそは。

 やはり、ヴァルサは許してくれないかもしれない。

 こんなことは望んでいないかもしれない。

 それでも、やる。

 ゼムナリアからすればただの余興にすぎないとしても、だ。


 sxalva ma:nran rxafsuzo duznoto nxal yuridin zersefsa.vomova vomorti:r.(ユリディン寺院に潜入するなら役に立つ男の子を知っている。私についてきて)


 rxafs?(男の子?)


 子供が、どこまで役立つというのだろうか。

 それからスファーナは、メディルナの下町を歩き回った。

 文化と学問の都とはいえ、やはり都市にはある種の貧民街はつきものである。

 いつのにか、やたらと目つきの悪い、なにをなりわいにしてるかもわからない男たちが壁に背中をつけて座っているあたりに入り込んでいた。

 さすがにリアメスの貧民街ほどひどくはないが、あちこちで石畳がはがれ、毛布にくるまった子供たちがうつろな目でこちらを見ている。

 いわばこれは、メディルナの裏の顔、といったところか。

 おそらくこの街にも、独自の盗賊テューレがあるのだろう。

 どうやらスファーナは顔が利くようだが、いつになっても年を取らない彼女を人々はどう思っているのだろう。

 やがて一軒の、かなり古びた共同住宅へとたどり着いた。

 厠から桶で投げ込まれたらしい汚物槽からはすでに汚物が溢れそうになっている。

 軋んだ木製の扉を開けると、昼だというのにやたらと薄暗い急な階段を、すたすたとスファーナが登っていく。

 いまの彼女はスカート姿なので、考えてみれば中身を覗くと大変なことになるのだが、途中でそれを気づいたらしくあわてたようにスファーナが言った。


 vomova gimini:r ned!(覗かないでよね!)


 憎まれ口の一つでも叩いてやろうかとも思ったが、やめておいた。

 なにしろ気まぐれな彼女なことだから本気でこちらを階段で蹴り落とそうとしてくるかもしれないのだ。

 molgilmagzとまで呼ばれている者が、階段から転落して頭を打った挙げ句に死ぬ、などという間抜けな最後だけはさすがに勘弁してほしい。

 やがて、扉の前にたどり着くと、スファーナが言った。


 le:mis,erav sufa:na.(レーミス、スファーナよ)


 そのまま扉を開けてしまうあたり、プライヴァシーなどという概念が発達していないセルナーダ人らしい。

 思ったより広い部屋ではあったが、実際には狭く感じられたのはあまりにも雑然と、さまざまなものが置かれていたせいだ。

 分厚い無数の書物に、絵図らしきもの、さらには金属製の、なにに使うのかちょっと想像もつかない複雑な構造の機械のようなものが、いろいろと散乱している。

 もし地震でもあったら大事だなと思ったが、そういえばこの地にきてから、一度も地震には遭遇したことはない。

 あるいは、このあたりの地質は安定しているのかもしれなかった。

 木製の床の上に北方のシャラーン製とおぼしき絨毯に座った人影が見えるが、様子がおかしい。

 しっかりとスカートをはいているのだ。

 豊かに波打つ金褐色の髪は腰のあたりまで届いており、肌も白く、滑らかだ。

 まるで地球の西洋のアンティーク人形のように見えないこともない。

 繊細な顔立ちは恐ろしく整っている。

 本当に生きているのと見ていてだんだん心配になってきたが、薄い胸はよくみれば振幅している。

 しかし、妙だ。

 相手は男の子だ、とスファーナは言っていたはずだが、ついに三百年のうちに少し惚けてしまったのだろう。

 そういえば、惚けるはなんという言葉を使うのだろう、と考えていると、いままで瞼を閉じていた相手が、ゆっくりと目をあけた。

 どこか神秘的な輝きを宿す、鮮やかな青い瞳をしていた。


 nmmm,sufa:na?


 どう見ても少女にしか見えない相手は、言った。


 aa,eto o+dol.ko:nalm fa:han.erv le:mis.(ああ、あなたがお客さん。お会い出来て嬉しい。僕はレーミスです)

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