3 pa:tcegav ci ned minpac zemgegav re tel...(あんたにminpac zemgagavされたか数え切れなかったよ……)

 寝台の上で、ゼーミャが全裸で横たわっていた。

 豊満で、美しい裸体だと思う。

 ただ、いまは全身が汗で濡れていたが。


 pa:tcegav ci ned minpac zemgegav re tel...(あんたにminpac zemgagavされたか数え切れなかったよ……)


 minpac zemgegavというのもなかなか面白い表現だ、とモルグズは思った。

 minpacは動詞minpacirの名詞形で、もともとは「瞬き」という意味である。

 だがこの言葉は転じて、瞬間、一瞬、という意味も持つ。

 一方のzemgegavは動詞zemgar、つまり「殺す」が一人称大地形過去に活用したものだ。

 つまりセルナーダ語では、女性が性的な絶頂を迎えることを「一瞬、殺される」と表現するらしい。

 実は、酒場で出会った時点ですでにゼーミャはモルグズに口の傷などない、と気づいていたらしい。

 口の傷の話をしたとき、ゼーミャが「わかる」といったとき、申し訳無さそうな顔をしたのを見て嘘を見破ったのだそうだ。

 しかし、それで「この男は少なくとも悪人ではない」と判断らしい。

 かなりの観察力である。

 ただ、モルグズがさすがにイシュリナシアに追われている「ゼムナリア信者の半アルグだ」とは夢にも思っていないようだ。


 racmava fog hi+sazo.(噂を確かめたかったんだ)


 hi+sa?(噂?)


 dewdalg ya: tigazo tasbomis resazo.hi+sa ers tems.meva tuz, vam tav era,,,(半アルグは女を誘惑する力があるって。噂は本当だったよ。あんたを見たら私の体が……)


 違う、と思いたかった。

 欲求不満の女闇魔術師が、逞しい体の男を見て欲情した。

 それだけの話であってほしい。

 だが心のどこかで、ゼーミャの話を受け入れ始めている自分がいた。

 ある意味では、女には不自由しないだろう。

 だがそこに何の意味がある?

 肉欲をいくら吐き出しても虚しさしか残らない。

 ふと、怖くなった。

 いまのでゼーミャは妊娠したりしなかっただろうか。

 もし、子供でも孕めばその子も忌まわしい半アルグとして扱われるかもしれない。


 hato:r.teneva jitszo.vam zemgegav tavma u:tuma so:loma jascuzo teg.(安心しな。術を使ったから。私の体のなかの命の種を殺したんだ)


 つまり卵子のことかもしれない。


 cod jits manras kul resale.(この術だけは女に役立つね)


 つまり望まない妊娠を避ける、避妊の魔術ということだ。

 なんとも言いようのない哀しみのようなものを覚えた。

 闇魔術師というのは、ある種の諦念を保たなければやっていられないかもしれない。

 特に、女性にとっては。

 

 wob wento yuridin zerosefnxe cu?(ユリディン寺院ではなにをやっているんだ?)


 彼女が市井の魔術師でないことは、あの酒場の位置でわかっていた。

 普通の魔術師ならばさきほど彼女が愚痴っていたような仕事をするのだろうが、ユリディン寺院の「魔術僧」であれば話は違う。


 nernafava yuriduszo.(魔術を研究をしている)


 nadum nernafato cu?(どんな研究をしているんだ?)


 jen nernafava so:lo mo:lemazo.yoy.ers ko+zo.(今は生命mo:lemaを研究している。おっと、これは秘密だよ)


 mo:lemaは動詞molemar、つまりは「写す」の名詞形だ。

 生命写し。

 よく意味がわからない。


 ers uldce jits.sekas mi:fe reysuzo reysuma un casma:po.mxac vatiga,gow reys ers...(古い術なんだよ。人の髪の毛一本から、同じ人間をつくる。猫は成功したよ。でも、人だと……)


 そこで、ゼーミャがなにを言っているのか理解した瞬間、全身が粟立った。

 髪の毛一本から、同じ人間をつくる。

 つまり、魔術によるクローンだ。


 sekas reysuzo?(人をつくる?)


 この世界は無茶苦茶だ。

 一体、魔術師たちの倫理観はどうなっているのだろう。

 だが、彼女は古い術と言っていた。

 つまりかつて、そうした魔術は現実に存在したのだ。

 ゼーミャの緑の瞳と金色の髪を見ているうちに、ある恐ろしい、だが素晴らしい考えを思いついた。

 あれからヴァルサの遺体はどうなったのだろう。

 もし焼却されていたら、終わりだ。

 いや、そんなことはない。

 たぶん、アーガロスの塔にいけば、彼女の毛髪やその他、遺伝情報が残ったものがかなりの確率で見つかるはずだ。

 ゼムナリアは、死者の蘇生は絶対に不可能だと言っていた。

 それは嘘ではないのだろう。

 だが、ヴァルサとそっくりの少女を生み出すことは、死者の蘇生とはまた違うはずだ。

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