7 zenbu,tadanoferomonnoseitoka,joudandayona....

 ついにノーヴァルデアも血迷ったのかと思ったが、彼女は真顔だった。

 あるいは、妄想だろうか。

 だが、もっと驚かされたのはスファーナの反応だった。

 彼女は少女のように……実年齢はともかく外見は少女なのだが……真っ白だった顔を今度は真っ赤に染めて、慌てふためき始めたのである。


 v,v,v,va lakava ned morguzuzo! dusonvava tuz! miiiig dusonvava!(わ、わ、わ、私はモルグズを愛してないっ! 嫌いよ! 大っ嫌いよ!)


 いまのスファーナは明らかにおかしい。

 ふと背筋に寒気が走った。

 本当に、おかしいのはスファーナなのだろうか。

 考えてみれば、この地に来てから、少し異常などに異性に好感を抱かれているような気がする。

 まずはヴァルサだ。

 彼女は本当に自分のことを愛してくれたが、何度か性的な誘いをかけてきた。

 あれはあるいは彼女にもある程度、アルグの血が流れているためかもしれない、と思ったがそれだけだろうか。

 アースラは恋愛、という形ではなかったが肉欲という意味では激しく愛し合った。

 娼婦上がりの演技だけとも思えないなにかが、あった気がする。

 ラクレィスの場合は、同性愛という形だから除外してもいいかもしれない。

 ノーヴァルデアも今では、女として見られたがっている。

 そして次はスファーナだ。

 もててもてて困る、などという楽観的な考えとはモルグズは無縁だった。

 ある一つの可能性が存在する。

 あまりにも忌まわしい、そして衝撃的すぎる可能性だ。

 それは、自分の異常さにまつわるものではないだろうか。

 別の世界から来たのは魂だけだ。

 もっとも、魔術的な世界だからその影響も考えには入れておくべきだが、もっと地球の科学で説明できるものがある。

 フェロモンだ。

 一口にフェロモンというと性フェロモンが最もよく知られているが、他にもたとえば昆虫たちなどはさまざまなフェロモンを持っている。

 だが、ここでモルグズが考えたのは、やはり性フェロモンだ。

 現生人類の性フェロモンについては謎も多く、そもそも実在しているのかもよくわかっていない。

 候補らしい物質はあるが、疑わしいという学者もいる。

 しかし、この世界の人間は現生人類ではない。

 そしてモルグズは、厳密にいえばこの世界でも「人ではない」

 彼は「半アルグ」なのだ。

 アルグの雄があるいは、この世界の人の女性を惹きつける性フェロモンを持っている、ということは考えられないだろうか。

 アルグにとっては人は食物であり、性フェロモンで女性を誘えるなら生存に有利となる。

 だが、逆に人にとってこれは生存に不利となるので、アルグの性フェロモンに反応してしまう女性はいずれ淘汰されるだろう。

 とはいえ進化というのは、数百年で起きるものではない。

 短くてもだいたい一万年ほどの期間は必要である。

 いつアルグと人間が分岐したかはわからないし、進化ではなく神々が例によって介入していることも考えられる。

 今も多くのセルナーダの地の女性が、この性フェロモンに影響されることもありうるのだ。

 それでも彼女たちがアルグから逃げるのは、彼らの殺戮を忌避する、つまり自己保存本能のほうが遥かに強く働いているからだ。

 しかし、もし半アルグの男性に彼女たちが知り合うことがあれば、どうなるだろう。

 そもそも半アルグは個体数が圧倒的に少ない上、社会的にも迫害をうけている。

 問題はその迫害をうける理由だ。

 あるいは本能的に、この世界の人間は「半アルグが女性にとって魅力的に感じられる」ことを理解しているのではないだろうか。

 これは人の男性にとっては、大変な脅威である。

 そもそも人々の間から、ときおり半アルグが隔世遺伝的に生まれるというのも、おかしな話だ。

 もともと半アルグの数は少なく、普通ならその遺伝子は絶えるほうが自然なのである。

 伴侶となる女性は「なにか特別な理由がなければ半アルグには近づかないはず」なのだから。

 この狭い船倉にいたことも、あるいはスファーナに強い影響を与えたのかもしれない。

 フェロモンは一般に空中に拡散し、人の場合は鼻孔から吸収されるからだ。

 だが、それではいままで自分を愛してくれていた女性たちは、ひょっとすると「半アルグのフェロモンに影響されていただけ」ではないだろうか。

 なにかが、心のなかで崩壊していく。

 ヴァルサは自分のことを愛してくれた。

 そう思っていた。

 なのに、もしそれが単なる生物的な本能が生み出した幻影だとすれば、どうなる?

 ノーヴァルデアが自らを女性として急に意識しだしたのも、モルグズと一緒に行動を始めたからだ。

 二次性徴以前で止まっていた体が、性フェロモンを浴びたことでなにか変化を始めたのだとしたら?

 だとすれば、いままで自分をほんとうの意味で愛してくれたのは、同性愛者のラクレィスだけということになる。

 モルグズは、低い声で笑った。

 もちろんこれはあくまで可能性にすぎない。

 そもそも人がなぜ異性と恋に落ちるかなど、誰にもわからないし、フェロモンがなくとも人は生物として異性を求めるものだ。

 それでも、いままでモルグズの心を支えていたなにかが、また、折れた。


 usodarou....


 数カ月ぶりに、無意識のうちにモルグズは日本語でつぶやいていた。


 zenbu,tadanoferomonnoseitoka,joudandayona....

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