8 wob eto cu?(どうしたのだ?)

 wob eto cu?(どうしたのだ?)


 いきなり意味不明の言葉をつぶやき出したモルグズを見て、ノーヴァルデアが不安げな顔をしている。

 スファーナもだ。

 急に、二人がひどく忌まわしい存在のように思えてきた。

 こいつらはフェロモンに操られた道化のようなものだ。

 いや、道化は自分も同じか。

 ノーヴァルデアは、いつのまにか女の目でこちらを見ている。

 スファーナも、女の目でこちらを見ている。

 モルグスは、二人を見つめ、笑おうとした。 

 その瞬間、ふいに大きく船が揺れたかと思うと、意識が断絶した。


 もうここに来るのが何度めか、数え切れない。

 数えたくもない、というべきか。

(汝はもててもてて困るか?)

 以前、女神は愛を食えるのか、うまいのかとあざ笑っていた。

 つまり、とうの昔にその「愛の正体」を彼女は知っていたに違いない。

(さて、それはどうじゃろう。汝の大きな欠点は、思い込みが激しすぎるということじゃ。ただの勘違いかもしれぬのだぞ)

(ずいぶんとお優しいことで)

(頑固で猜疑心の強い汝のことであるから、わらわがそれは気のせいじゃといわば逆に疑うであろうな。されどそのとおりじゃと言うても絶望する。まったく、厄介なものよ)

 ゼムナリアの言葉を聞いて、笑った。

 そのとおりだったからだ。

(さすがだよ、女神さま)

(これでもわらわは汝に同情しておるのだ。純粋な愛もついに信じられなくなったとは)

 あれはやはり、ただの思い違いかもしれないと思いたい。

 だが、たしかにかつてのように、女性に接することは出来なくなるだろう。

(ならばあの闇魔術師のように同性を愛せばどうじゃ? もっとも汝にはそのような趣味はないようじゃが。残念だのう)

 地球からこの世界にきて、初めて愛を知ったと思った。

 もしそれが間違いであったならば、なにを信じればいいのだ。

(いっそのこと、わらわに仕えるか?)

(断る)

 モルグズは、それだけは厭だった。

 かといって、ゼムナリアを滅ぼすなど、とうてい、不可能なことのように思える。

 ある意味では彼女は、この世界には絶対に必要な存在なのかもしれない。

 もし死の女神が存在しなくなれば、この地からは「死そのものが消滅する」という可能性すらある。

 物理的にはありえないことも、yuridbemと呼ばれる魔獣宇宙と重なった世界では現実になるかもしれない。

(少しはこの世界の理解を深めたようじゃな。さて、ではそろそろ汝に、なぜわらわがノーヴァルディアにメディルナに向かうよう神託を下したか、教えることにしよう)

 これもなにかの罠、なのだろうか。

(相変わらず疑り深い。わらわは汝に大いなる力を授けるつもりじゃ)

 そんなものはいらない。

(無欲、というわけでもあるまい。これから汝にはあまたの敵が襲い掛かってくることになることは理解しておるか? いままでとは比にならぬぞ)

 ゼムナリア女神の言っていることは、間違いではないだろう。

(そもそも奇妙だとは思わぬか? 気まぐれなエルミーナの賽の目が良かったこともあるが、なぜ汝はああもやすやすと逃げられたと思うておる)

 エルミーナは幸運を司る女神であり、賽子の出目で人の運命を勝手に決めては、双子の姉であるファルミーナ女神の書く「運命の書」を書き換えてしまうという。

 ゼムナリアの言う通り、運が良かったというのもあるが、それだけでないらしい。

 まさか、と思った。

(気づくのがおそすぎる。汝らしくもない。ノーヴァルデアによほどほだされたかえ?)

 楽しげに死の女神が笑った。

 死の女神の信者は、イシュリナシアに、否、セルナーダ全土に潜んでいる。

 あるいはイシュリナシアという国家の中枢部にもその信徒がいてもおかしくはないのだ。

 以前、そんなことを考えたことがあったような気もするがすっかり失念していた。

(少しは賢くなったようじゃな。汝にはmolgimagzとしての責務がある)

 例の災いをもたらす、というあれだ。

(俺がやっぱり、それなのか)

(伝説、予言の類は成就されるべきだとわらわは考えておる)

 ひょっとすると、実際には本当にくだらない噂、迷信の類だったのかもしれない。

 しかし地球からモルグズを呼び寄せたゼムナリアが、それにあやかって「嘘から出た真」にしようとしている可能性はあった。

(結果良ければすべてよし、というのであろう?)

 意味が違う、といいたいが「ゼムナリアにとってはそうなのかもしれない」と思い、改めて戦慄した。

(もっとも、molgimagzというのは、ただ汝のようなものをさす言葉ではない。それは、剣の名でもある。いまではその存在は忘れられた、というよりユリディンに仕えるものたちが存在そのものを抹消しようとしたのだが)

 剣、とゼムナリアは確かに言った。

(古の剣じゃ。汝らの神話、伝承ではむしろ「魔剣」と呼ばれる類のものであろうな。神すら弑す恐るべきものぞ)

 魔剣。

 どうも、単なる「魔術のかけられた剣」という意味とも違うようだ。

(然り。あまりにもそれは強すぎるものゆえ。ユリディン寺院の魔術師たちでさえ、破壊はかなわなんだ。ある闇魔術師のために鍛えられた剣ではあるが、汝はそれを振るうことが認められておる)

(そんなものはいらねえ)

(つまり、ノーヴァルデアが死しても良いのかのう)

(今度は人質かよ)

(人聞きが悪い。単純なことじゃ。もし汝に力がなければ、いずれ汝も命を落とす。そうなれば、あれは生きる意味を失うじゃろう。哀れな娘だとは思わぬか? あれに女としての幸福を与えたいとは思わぬのか?)

(俺が愛したのはヴァルサだけだ)

(愛? 性フェロモンとやらの仕業ではないのかな?)

 恐怖に身がすくむ。

(だがノーヴァルデアの愛は違うぞ。考えてもみよ。あれは子供のまま成長が止まっておるのだ。性フェロモンとやらは子供にも効くのか?)

(待て。それ以前に話が無茶苦茶だ。魔剣とやらはメディルナのユリディン寺院が管理してるんだろう? そんなところに俺が入り込めるか? それともまた、あんたの信者が俺を助けてくれるのか?)

(ユリディン寺院にもわらわの信徒はあまたおるが、あいにくと世の中、そうそう都合よくはできておらぬ。そこはそれ、知恵や勇気、そして愛とやらでなんとかするのが、異世界からきた「勇者」とやらの役割であろう?)

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