第十五章 medirnasa(メディルナへ)

1 va hayiva fog suyvele.jod ers e:lon je.(私は船に乗りたい。それは楽しそうだ)

 ヴィンスの都は、ヴィンス川がアルヴェイス川と合流する箇所に位置している。

 イシュリナシアの北の国境であるケルクス川がグルディアに備えた防衛線であるのとは異なり、アルヴェイス川は王国を東西に走る街道のようなものと言えた。

 きちんと石畳で舗装され、大型馬車どうしでも十分にすれ違えるほどの横幅があるメディルナ街道も十分に立派だが、アルヴェイス川もまた水の道として機能している。

 実際、街の南の川辺に行けば、無数の船が行き来しているさまが見えた。

 上流から下流へと向かう船は、帆を畳んでいる。

 一方、下流から上流へと川の流れを遡る船はみな帆を広げ、一杯に風をうけていた。

 かなり川幅があるのに、あまりにも多くの船が浮かんでいるため、事故でも起きるのでないかと見ていて不安になるほどだ。

 やがてモルグズは、奇妙なことに気づいた。

 川の上の風が、いつまでたっても西から東に吹き、その方向が変わらないのだ。

 はじめは偶然かと思ったが、やがてなにが起きているのかを理解した。


 ers sewruyudidus...(風魔術か……)


 喫水の浅い平底船は、大量の荷物や人を乗せているのに、西からの風をうけてどんどん上流にむかっていく。

 この風の流れをつくっているのは、おそらく船上にいる風魔術師なのだろう。

 以前、この世界では魔術がある程度、効果的に使われているだろうと予想はしていたが、正解だったようだ。

 すべての船に魔術師が乗っている、というわけでもないのだろうが、確実に下流から上流にむかって、かなり風が吹いている。

 おそらく王都エルナスのある河口から上流まで、この風は続いているのだ。

 水だけではなく「風の道」と言ってもいいかもしれない。

 上流に向かう船であれば、帆を広げればいい。

 そうなれば規則的に吹く風をうけることにより、川上へと遡ることができる。

 逆に川を下りたければ帆を畳めばいい。

 そうすれば水の流れにそって、自然と下流へと流されていく。

 水中の天然な川の流れと、水上の人工的な魔術による風の流れの二種類を、この川では見事に使い分けているのである。

 人によっては、これを一般人と魔術師たちの共存共栄、とみなすかもしれないが、いままでの経験で物事はそう単純ではないだろう、とモルグズは推測していた。

 たぶん、この川沿いでは風魔術師の評判はわりといいのだろう。

 だが、他の系統の魔術師はどうなのだろう。

 水を操る水魔術師も便利な存在かもしれないが、他の魔術師たちはわからない。

 また、いまは川の流れは理想的な状態にあるだろうが、果たしてこれが日常的かどうかもわからない。

 気象系というのは、極めて複雑なものだからだ。

 おそらく、風魔術師が特定に方向に風を吹かせていることで、あたりの天候は不安定になっているはずだ。

 突発的な嵐や竜巻なども、発生する可能性がある。

 もちろん、そうしたもののリスクも考えた結果、こちらのほうが効率が良いと人々は判断しているのだろうが、もし嵐に巻き込まれて船が沈んだりした場合、人々は魔術師のことをどう思うだろう。

 理不尽かもしれないが、人とはそうしたものである。

 たとえば地球にいたときも、電車の事故などが起きて電車が止まった時まったく関係のない駅員にくってかかる者は何度も見かけた。

 彼らは金は払っているんだから相応のサービスが提供されないと、怒り出す。

 この世界の人々が、現代日本人より寛容だとは、どうしても思えない。

 なにしろ相手は「魔術師」なのである。

 確かに便利な術を使ってはくれるが、もしそれで災厄が起きれば「魔術が原因だ」と多くの人間は考えるのではないだろうか。

 常に一般人と魔術師の間には、微妙なずれと、壁がある。

 魔術師たちはましてやかつて、セルナーダの人々を滅亡近くにまで追い込んだ「前科」があるのだ。

 だからこそ、ユリディン寺院は魔術師たちの悪事に対し、冷徹に反応する。

 数でいえば、魔術師でないものが圧倒的に多いのだから。

 ましてやイオマンテのように、逆に魔術師が人々を統治している国家も存在しているのである。

 人々は魔術師を恐れながらも、その力に憧れ、そしてどこかで嫉妬もしている。

 ヴァルサから教わったmagyurという動詞を改めて思い出す。

 それが意味する感情は、日本語はもちろん、現代の地球のどんな言語にも的確な翻訳は不可能だろう。

 現実に魔術師が存在し、魔術が使われている世界でこそ、初めて発達する概念なのだ。


 nadum aboto yuridreszo?(魔術師をどう思う?)


 精神的な感情を聞きたかったのでスファーナにaborで訊ねた。


 erav rxo:bin.(怖いよ)


 スファーナはあっさりと言った。


 yuridus mig manras a:vile.vekeva.gow....(魔術はとても暮らしに役立つ。わかってはいる。けどね……)


 彼女の過去を考えれば、それも無理からぬことかもしれない。


 jen tafs ta finfon aves.now sxalva li uldzo dog.ers o:rekin koksa.(今は豊かで平和な時代なの。でも私は昔を知っているから。複雑な気分よ)


 モルグズよりずっと若くみえる少女にそう言われるのも、いささか妙な気分だった。


 suyvema ko:razo era yapc cu?(船の旅は安全か?)


 ers dozgin.suyvema ko:razo regna re solwozle teg.a:ju hxamos.now ers ned jabce cod la+tas ers u:tav yapfe pe+sxe selna:danxe.suyve ko:razo sxukiya re aln solwoztse.(難しいとこね。船の旅は天候に影響されるから。歩きは疲れる。けどここらあたりはセルナーダで最も安全な場所だから危険はない。船旅はみんな天気しだいよ)


 そのとき、ノーヴァルデアがぽつりと言った。


 va hayiva fog suyvele.jod ers e:lon je.(私は船に乗りたい。それは楽しそうだ)

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