2 ers yatmi.vis e+ze erv magz dog.(そいつは間違いだな。俺自身が災厄なんだから)
一瞬、呆然とした。
楽しそう、などという言葉がノーヴァルデアの口から発せられることになるとは。
やはり、彼女は変化を始めている。
少なくとも、モルグズにはそれは歓迎すべきことのように思えた。
とはいえ、船旅もどうなのだろう、とは正直、不安がなくもない。
なにかあった場合、船から外に逃げられなくなることもありうるのだ。
usuyito ci cu?(泳げるか?)
すると、ノーヴァルデアがゆっくりと首を左右に振った。
かなづちの少女を連れて船で旅をするのは、やはり避けたほうが良い気もする。
考えてみれば彼女は長い間、父親に幽閉されていたのだから、泳ぎを覚える機会などほとんどなかっただろう。
それでも、ノーヴァルデアを喜ばせてやりたい、というのはやはり自分のわがままなのだろうか。
彼女はやはりゼムナリアの尼僧なのである。
あまり考えたくはないが、女神からの神託を受け取り、なにか理由があるので船旅を望んでいる、ということもありうるのだ。
悩んだ末、最終的に、モルグスは言った。
suyve era.(船だ)
かすかにノーヴァルデアが微笑んだのを見て、胸がしめつけられるような痛みが走った。
もちろんこれが恋情とはほど遠いものであるとはわかっている。
いわゆる父性本能、もしくは保護欲と呼ばれるものなのだろう。
地球にいた頃の自分が見れば、間違いなく理解不能、といった顔をしていたはずだ。
見ると、スファーナが苦笑していた。
そのまま三人で川辺にむかって歩き出す。
ひどく街は活気に満ちていたが、それも当然だろう。
いまのヴィンスは、新酒を次々に他の都市に出荷するので忙しいのだ。
あちこちで、樽を転がしている屈強な男たちの姿が見えた。
中身がなにかは、考えるまでもない。
心なしか、あたりには新鮮な葡萄酒の甘い匂いが漂っているかのようだ。
昼間から飲み始めているものもいるが、この地では水代わりに酒を飲むことも珍しくないのだから、目くじらをたてることもない。
誰もが幸せそうで、酒を、あるいは人生を愉しんでいる。
もう出来上がったのか若い男が、少女たちに声をかけて若い娘たちがきゃあきゃあと言う黄色い声が聞こえてきた。
彼女たちもまんざらではなさそうだ。
そのとき、どこかの樽が路地で別の樽と激突したらしく、中身の赤紫色の液体が派手に漏れ出した。
まわりのものはみな爆笑しているが、樽を運んでいた男たちは腕まくりをして今にも喧嘩を始めそうだ。
ふいにあたりがしんと静まり返った気がした。
dermo:r re...dermo:r re...(呪われよ……呪われよ……)
声なき声が、いたるところから聞こえてくる。
あれは葡萄酒ではなく、人々の体から溢れた血だ。
石畳の敷かれた道も、血まみれで汚物も混じっている。
よく見れば、いたるところに死者や、病に苦しむものたちが呻き声をあげていた。
酸鼻をきわめる光景だが、逃げるつもりはなかった。
それだけのことを、自分はしでかしたのだ。
たとえヴァルサの復讐のつもりであったとしても、結果的におそらくは万を超える人間の命を奪い、その数倍の人々の運命を狂わせた。
すっと心が冷えていく。
molgimagz.....
ひどく冷静に言葉の意味を考えている自分がいる。
magzは「災厄」だったはずだ。
だが、molgiがわからない。
ヴァルサに聞いてみれば、きっと説明してくれるはずだ。
だが、ヴァルサは血の涙を目から流したまま、人々に投げられた石で顔を腫れ上がらせていた。
molgimagz.....
金色の髪と緑の瞳を持つ少女は、そうつぶやいた。
もう、彼女の顔も、声すらも、忘れかけている。
信じられないし、信じたくないが、それが現実なのだ。
ラクレィスも、アースラもいた。
molgimagz.....
...rguz,morguz!(……ルグズ、モルグズ!)
ようやく我に返ると、スファーナがこちらを見ていた。
wob ers cu? ra+pots matote ko:radnxe.(なんなの? いきなり道で止まって)
mende era ned.(問題ない)
いつもの魔法の言葉だ。
molgirという動詞の意味を、ようやくモルグスは思い出した。
それは、持ち込む、持ってくる、あるいは「もたらす」を意味する。
つまりmolgimagzとは、「災厄をもたらす」という意味なのだ。
日本語とは語順が逆になっているが。
さきほど、そういえばスファーナがつぶやいた言葉だ。
wob ers molgimagz cu?(molgimagzってなんだ?)
途端にスファーナの表情が凍りついた。
ers narhan i+dewos.(馬鹿げた伝説よ)
スファーナは言った。
reys molgis fa ner magzuzo vos yerce pe+sxepo.(遠い場所から来る男が大いなる災いをもたらすだろう)
確かにくだらない伝説だし、間違っている。
ers yatmi.vis e+ze erv magz dog.(そいつは間違いだな。俺自身が災厄なんだから)
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