9 tom gu+za algamum peta cu?(お前の怪我は自然に治るのか?)

 別の世界から来た人間……体は半アルグだが……と、自称、三百年を生きてきた少女。

 果たしてまともなセルナーダの地の人間の話を聞いたらどう判断するだろう。

 答えはわかっている。

 正解は「二人とも嘘つきか、もしくはホスに憑かれている」だ。

 だが、モルグズはもう理解していた。

 スファーナは、たぶん嘘は言っていない。

 今にしてみると、スファーナという「少女」はいろいろなところがちぐはぐなのだ。

 高慢そうであったり、生意気であったり、急に臆病になったり、かと思えばネスの街では自分がエグゾーンの尼僧でありこの惨事を引き起こしたりと嘘をついた。

 ある意味ではまるで多重人格者のようだ。

 人格そのものが安定していないのである。

 上品かと思えば下品になる。

 身持ちが固いようでいて、衛視の注意をひくために自分の肉体的魅力を利用する。

 三百年も生きていれば非常に賢明な、賢者のように老成した人格になるとも思えるが、そもそもこの世界の人間は三百年も生きられるようには出来ていないのである。

 その結果が、いまのスファーナだ。

 幾つもの人間の人格を強引に継ぎ足したような不自然さは、たぶん彼女本来のものではない。

 というより、たぶん彼女はもう自分がどんな人間かもわからないでいる。

 三百年の間に、彼女は陽気であり、陰気であり、賢明であり、愚かしく、用心深く、捨て鉢で……人間がもちうるさまざまな人格の要素を他者から取り込み、あるいは演じてきた。

 その結果出来た、人格のモザイク画めいたものがいまのスファーナなのである。

 だから、はたからみればひどく不安定で、出鱈目に見えるのだ。

 しかしそうでもなければ、三百年という年月を乗り越えてはこれなかったのだろう。

 一時的なつもりで特定の人間の仮面を次々に取り替えていくうちに、もうどれが本当の自分かなどわからなくなったのが、いまのスファーナとしか思えない。

 おそらく、時代や状況の変化により彼女はいくらでも残酷にもなれれば優しくなれるし、嘘つきにも真面目にもなれたのだろう。

 すべては生存のためだ。

 だが、それでも三百年も生きていれば、さまざまな危険があったはずだ。

 なぜ彼女がここまで生き延びてこられたのか、ある程度の推測はできる。


 tom gu+za algamum peta cu?(お前の怪我は自然に治るのか?)


 ers ned.tom gu+za algamum iriya.(いえ。私の怪我は自然に魔術的に治る)


 動詞petarは物理的な意味で癒やす。

 動詞irirは魔術的、法力的な意味で癒やす。

 セルナーダ語ではこの二つの動詞は別物として扱われている。

 つまり彼女の怪我が治癒するのは、魔術的な力が働いているということだ。

 そうでなけば、たぶんいままでに死んでいたに違いない。


 gow wam vekato cu? ti+juce yudnikma reys giminis ci vam koksazo cu?(でもなんでわかった? 別の世界の人間は私の心を覗けるの?)


 単純な推理にすぎないのだが、どう説明すればいいのだろう。

 たぶんネスファーディスなら理解してくれるだろうと思うと、胸の奥がざわついた。

 彼女は人格的に不安定であり、いままで何度もそれが原因で負傷しているはずだ。

 だからなにかの形で自然治癒能力がなければ、とうに死んでいる可能性が高い。

 そういう意味の言葉を、幾度か繰り返すとスファーナはようやく納得したようだった。


 gow ja:bima i:ri era dozgin.nate egzo:nma zeresale dog cu?.(だが病気の治癒は難しい。だからエクゾーンの尼僧になったのか?)


 スファーナはしばし呆気にとられたようだった。


 ti+juce judnikma reys ers yurin.(別の世界の人間は賢い)


 erv ned,sxulv erv narha.(そうじゃない。俺が自分が愚かだと知っている)


 eto jurin dog.(だからお前はjurinだ)


 jurin?


 これも聞いたことがない単語だ。


 a...jen,yurin.yurfa cemsowa.(あ……今は、yurinだ。言葉は変わる)


 かつてのセルナーダ語では、yurin、つまり賢いを意味する単語はjurinと呼ばれていたらしい。

 つまり、三百年の間に音韻変化が起きたのだろう。

 ふと、なにかが心の奥でひっかかったような気がしたが、よくわからなかった。

 それから、ヴィンスの葡萄酒の新酒を片手に、スファーナが昔話を始めた。

 彼女が生まれたときにはもう、このセルナーダの地の人々は滅びかけていたという。

 あまりにも大規模な魔術が行使され、大地は荒れ果て、天候も無茶苦茶になった。

 今の「誰かが雨を望んでいる」状態が、遥かにひどくなったような状況だったらしい。

 幾つもの都市が燃やされ、あるいは住民ごと腐らされ、疫病が蔓延し、飢饉が頻発した。

 そんななかで、ウェルゴスという食人の神が熱心に崇拝されるようになったという。

 ウェルゴスの僧侶たちは人を食べれば、相手の力が得られるという教えを広めたらしい。

 その教義はセルナーダ全域に広まったという。

 事実だったからだ。

 そして一人のウェルゴスの僧侶が、ある大魔術師を食らった。

 彼は、とてつもない魔術の力を得たという。

 ウェルゴス信徒たちはさらに勢力を拡大し、やがて人を、家畜として飼うようになった。

 その家畜のなかには、当時、十代の娘だったスファーナも含まれた。

 なぜかウェルゴスの僧侶にして魔術師は、彼女の「味」が気に入ったらしく、どんな怪我を負っても自動的に、短期間で治癒できる術を用いた。

 さらに老化も止められた。

 老いれば「味が悪くなる」とでも考えたのだろう。

 そしてスファーナの肉体のさまざまな部分が、その男によって食われた。

 致命傷は、与えられなかったという。

 それでも手足などは、どれだけ食べられか数え切れないと彼女は言った。

 スファーナの仲間の「家畜たち」は、もっと無造作に食われたという話だ。

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