7 to ete sud fi+to cu?(お前は家畜だったことがあるのか?)
最初にそれを口にしたときは、うまく言葉で表現できなかった。
果実の爽やかさを残しながらも、まるで絹のような、あるいは天鵞絨のようなあまりにもなめらかな喉越しで胃に落ちていく。
nadin aboto cu?(どう思う?)
.....vanuman.(うまい)
かろうじて、そう声に出せた。
なんなんのだ、これは。
いままで飲んでいた葡萄酒とは、明らかにまったくの別物としか思えない。
いや、ある意味では実際、別物なのだ。
ヴィンスの葡萄の品質や醸造技術が進んでいるというのもあるだろうが、それ以前にこれは「新酒」なのである。
葡萄の収穫からまだ数週間もたっていないので、たぶん速熟法が使われているのだろう。
葡萄を破砕せずにそのまま容器に入れて発酵させると自然と炭酸ガスがでる。
それが葡萄の細胞内での発酵を促進させ短期間で醸造するという方法があるのだ。
この方法を用いるものはボージョレ・ヌーヴォーが有名だが、まるで比較にならないのはこの世界の葡萄の力だろうか。
いままでモルグズが飲んでいた葡萄酒は、新酒ではないため酸化が進んで味が落ちていたのである。
ガラス瓶やコルク栓が使用される前までの葡萄酒とは、地球でもだいたいそうしたものだった。
そのため保存法が確立されるまでは葡萄酒は新酒が最高のものであり、古くなったものは香辛料を入れて温めたりして、また別の飲み方をしていたのだ。
例によって、モルグズは寝室に料理を運ばせていた。
宿の者も特に不審には思わなかったらしい。
スファーナのモルグズの顔の傷がひどく、当人がそれを非常に気にかけているという嘘を信じた宿の人々は、同情して無料で貴重なヴィンスの新酒をつけてくれた。
なんだか騙して申し訳ないような気もするが、いまのモルグズは珍しく陽気だった。
人生には、目的がいる。
そしていまのモルグズは、明確な目的を得たのだ。
ノーヴァルデアを魔術によって成長させ、立派な大人の女性にしてやればいい。
そうすれば彼女はきっと、まっとうな女としての幸せをつかめるはずだ。
モルグズは大兎や鶏に似たcharsewfの肉に舌鼓を打っていたが、ときおりちらちらとスファーナがこちらを見るのが気になった。
gow wam dusonvato di:kzo cu?(しかしなんで肉が嫌いなんだ?)
スファーナは、菜食主義者だったのである。
とはいえ、当然、そんな概念はこの土地には存在しないので、肉が苦手なのだろう。
やはりスファーナが上流階級の生まれではないか、と感じるのはこうしたときだ。
一般人にとって、肉はご馳走なのである。
もちろん個人的に肉が嫌いなものもいるかもしれないが、それでも彼らは肉を食べる「必要」がある。
いくら農業生産性の高い社会とはいえ、好き嫌いである種の食べ物は食べない、という贅沢は許されないのだ。
それが許される、つまり肉を食べずとも生き延びられるのは富裕層に限られる。
もっとも、彼女は野菜や穀物だけでなく、きちんとcharsewf、つまりモルグズが赤鶏と名づけた鳥の卵や魚、牛乳、チーズなどはしっかりと採っているので必須アミノ酸は摂取できているだろう。
ただこの世界の「人間」は地球のホモ・サピエンスとはそうした代謝機能も違っている可能性はあるのだが。
とにかく確かなのは、彼女が肉が嫌い、ということだ。
また、人が肉を食べているのを見るのも、どうも苦手なふしがある。
正直、モルグスにはなぜかよくわからない。
もともと謎だらけの相手なのだ。
morguz,had yuridusma cu+cha....(モルグズ、あの魔術の話……)
さきほどのノーヴァルデアを魔術で成長させられるかもしれない、という件だろう。
nafava tenas to:g sup ned so:lole yuridustse.(生命に魔術を使いすぎるべきじゃないと思うの)
彼女はいまnafavaと言った。
つまり感情ではなく、なにか理由があり、思考の末にそう考えた、ということだ。
nafava?(考える?)
a...abova.(あ……思う、ね)
妙だった。
なんだかいつものスファーナらしくない。
たぶん、彼女は無意識のうちにnafarという動詞を選んだのだろう。
nafarとaborの違いについてヴァルサにきっちり教わったセルナーダ語初学者のモルグズだからこそ、このニュアンスの違いに気づけたのかもしれない。
nafarを使ったということは、そこには過去の経験などによる論理的な思考がある程度、なければならないのだ。
だが、なぜエグゾーンの尼僧が、魔術に関わっているのか、ぴんとこない。
gow,reys ers magsxed.mato soltansuma zemtavzo teg.(でも、人間て残酷よね。あなたは生き物の死体を食べているんだから)
現代日本、というか地球の動物保護団体のようなことを言うが、この発想もセルナーダの地ではいささかおかしい。
reys vekas ci ned fi+toma koksazo.(人間には家畜の気持ちはわからない)
まるでつぶやくようにスファーナが言った。
さすがにノーヴァルデアも、これはおかしいと感じたようだ。
to ete sud fi+to cu?(お前は家畜だったことがあるのか?)
ただでさえ白いスファーナの顔が、蒼白になった。
血の気がひく音が聞こえるかのようだ。
ned...m.melrus ers!(ない! と、当然でしょっ)
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