第十四章 sufa:na(スファーナ)

1 teminum afukeva.eto ku+sin gxafsa cedc!(本当に呆れた! お前、ただの女の子みたいじゃないっ)

 イシュリナシア王国というものの全体像が、しだいによくわかってきた。

 やはりこの国は、すでに中世的な封建制度を脱している。

 貴族たちは領主でもありながら、王都の文官や武官の要職についていた。

 フランスの絶対王政期であるブルボン王朝の帯剣貴族や法服貴族と比較すると、わかりやすいかもしれない。

 帯剣貴族は、要するに軍人であり、武官のことだ。

 貴族のなかでも特に上流階級とされている。

 爵位を継げない貴族の次男以降などが、白銀騎士団の騎士、あるいはイシュリナス騎士団の騎士などとして従軍するのも、帯剣貴族の一部である。

 女性ではあるがアルデアがこの例にあたる。

 一方の法服貴族は文官だが、フランスの文官に法曹関係者が多かったのとは違い、財務や行政などの高級官僚といった趣が強い。

 これまたやはり爵位を継げぬ貴族の師弟たちが多く、彼らは学問の都メディルナにある専門の教育施設でさまざまな知識を学び、王都エルナスのelnsewfufomase、すなわち白鳥宮と呼ばれる宮殿や都にいる領主の代官として働くことになる。

 もっとも最近は平民階層の出身者も多いという話だ。

 ここにイシュリナス寺院の僧侶たちが加わり、国王を頂点とする王国が成立する、という形になる。

 もっとも実際は、やはり王権とイシュリナス寺院、そして貴族たちの間でさまざまな勢力争いがあるらしい。

 最近は、ネス伯ネスファーディスの力がましているという。

 信じられないような話であるが、自領で起きた疫病の被害を最小限にまで押さえ込んだことで、その手腕が宮廷内でも高く評価されたらしい。

 イリアミス寺院の古い記録から「たまたま」かつての疫病を記した文書が発見された。

 それをもとにネス伯が中心となり、王国内の文官、武官が見事に連携したことで最悪の事態を回避することに成功した、のだそうだ。

 むろんそんな都合のいい話を、モルグズは信じなかった。

 「たまたま」見つかった文献というのは、おそらくなんらかの神が神託を送って信者に見つけさせたのだろう。

 さらにネス伯領の外に逃げたものは徹底的に行方を追われ、殺されたに違いない。

 疫病をばらまかれるよりは、そのほうが遥かにましではあるのだろうが。

 ネスの街には、大量の石灰が撒かれたというがこれはモルグズが、ネス伯領内から脱出する途中に、噂を意図的にばらまいたからだ。

 石灰が高アルカリ性のため、強い殺菌作用を持つことはまだセルナーダでは知られていないようだった。

 漆喰の原料、また皮革加工や羊皮紙製造、さらに汚れ物を落とすときなどに石灰が使われていることを知っていたので利用させたが、大量に短期間で石灰を集めることができたのはネス伯と文官たちの手腕が大きい。

 むろん罪滅ぼしなどとは思っていない。

 むしろゼムナリア女神に対する意趣返しだ。

 ただその間にイシュリナシア王国という組織が、どのように有事に動くのかはしっかりと学ばせてもらった。

 まだ近代国家に比べれば問題点も多いが、ひょっとしたら硬直化した現代日本の官僚機構よりも、よほどうまくイシュリナシアの文官たちのほうが働いていたような気もする。

 ただしこれはさまざまな神々による治癒法力、さらにはネシェリカ女神や王国の魔術師たちの魔術通信といったものが活用されたことも、考えに入れておかねば不公平というものだろう。

 感染者を容赦なく焼き殺すという「人権無視」が結果として被害の拡大を防いだ点も大きい。

 いずれにせよ、予想よりも死者は少なかったようだが、それでも確実に一万人は超えているはずだ。

 一方、ほぼ同時期にグルディアのリアメスで発生した疫病は、もう少し被害は大きかったらしい。

 たぶん死の女神に対抗する神々や僧侶、また魔術師などがグルディアでも活躍したのだろう。

 グルディアも中央集権がかなり発達していると見るべきだった。

 それにしても、これからどうすべきか。

 真剣に、身の振り方を考える時期にきているのに、いまだにモルグズは悩んでいた。

 

 to ham gachig wonto!(あんたたち、もっとしっかりしなさいっ!)


 どういうわけか、新参のはずのスファーナが、いまでは二人を仕切っていた。


 teminum afukeva.eto ku+sin gxafsa cedc!(本当に呆れた! お前、ただの女の子みたいじゃないっ)


 みたい、というよりはいまノーヴァルデアは、髪が白いことを除けばまったく、ただの子供にしか思えなくなっていた。

 あれから、一切、ゼムナリアの法力を使うこともやめてしまったのである。

 アルデアに出会い、積年の思いをぶちまけたことで、彼女のなかにどんな変化が起きたのかはわからない。

 ただ、いつもの口癖だったso:lo ers e+tet、「人生は苦痛である」は言わなくなった。

 最近ではよく、人々にスファーナの妹に間違えられている。

 そしてモルグズは、旅をしている二人の護衛役、という役どころだ。

 もっとも、これはスファーナが配役として決めたことだった。

 そもそもこの少女にも謎が多い。

 謎しか無い、と言っても過言ではない。

 十六歳以上、つまり成人しているのだけは確かだが、それ以外はエグゾーンの尼僧、というところまでしかわからない。

 なぜ彼女がエグゾーンの尼僧だと確信したかといえば、しつこく彼女を誘ってきた男に、こっそり法力をかけたところを目撃したからである。

 だが、ひどく弱い病の悪霊にしか思えなかった。

 男は熱を出して倒れたが、翌日になるとやたらと体をかきむしっていた。

 なんでも無性に体が痒くなる病気で伝染したりはしないが、運が悪いと男の場合、肝心な部分が使い物にならなくなるという。

 結構、同じ男性としては恐ろしい病のような気もするが、彼女はさらに強力な病の悪霊たちも従えているという話だった。

 嘘ではないことは、スファーナが体のあちこちにつけている装身具をみればわかる。

 魔術の才能があるものが見れば、その強さから危険なものも装身具に封印されていることは明らかだ。

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