7 wam aldea era udne resa cu?(なぜアルデアは大人の女なんだ?)

 so:lo ers ci+tso.(生は苦痛である)


 ノーヴァルデアが低い声でつぶやいた。

 最近は妙に色気づいて少し気味が悪かったが、彼女の言っていることは正しいのだ。

 みんな、感謝しろ。

 俺がお前たちを生という苦痛から解放してやったのだから。

 そのとき、自分が見覚えのある場所に近づいていることに気づいた。

 まわりに幾つもの寺院が並んでいる広場である。

 そこには、大量の病人が寝かされていた。

 そういえば、このあたりには大地の女神アシャルティアや、太陽神ソラリスの寺院もあったはずだ。

 褐色の長衣をまとっているのは、どうやら大地の女神に仕える尼僧らしい。

 金色の刺繍の施された色とりどりの長衣は、ソラリスの僧侶たちのもののようだ。

 さらに、そのなかでも特に印象に残ったのが、純白の長衣を身につけた男女たちだった。

 自らが血で汚れることも厭わずに、献身的に人々に水を飲ませたり、血で濡れた衣服を新しいものに替えさせたりしている。

 こいつらは、馬鹿なのか。

 いま感染症が蔓延しているのだから、彼らの身もすでに危険なはずなのだ。

 だが、まるで当然のことのように、僧侶や尼僧たちは患者たちの手当に忙しい。

 正気とも思えなかった。

 しかし、よく見るとどの僧侶も尼僧も、感染した様子はない。

 彼らも自らの仕える神の加護により、病にかからないようだった。

 いや、と思った。

 よく見ると、ときおり赤く輝く糸のようなものが見えている者もいる。

 どういうことかしばし考えたが、やがて状況を理解した。

 たぶん、これらの僧侶の場合、絶対的な加護というよりも、疫病から感染しないような法力を神から授かっているのかもしれない。

 そしてそれをまず自分にかけて使っているので、やがてその効力が薄れたとしたら、なかには感染してしまう者も出るだろう。

 偽善者ども。

 そう吐き捨てたいのに、なぜか僧侶や尼僧たちから目を離せなかった。

 白い長衣姿の者たちは、ひょっとすると癒やしを司るイリアミス寺院の者かもしれない。

 子供や若者が優先的に、治癒法力の対象になっているようだ。

 ときおりまばゆい清澄な光とともに、法力の詠唱らしき声がすると血にまみれた人々の体のなかの、あの赤い不吉な輝きが消えていく。

 そのなかに、見知った人影があることに気づいた。

 いまは鎧をまとってはいないが、間違いない。

 アルデアが、きびきびとした動きで病人たちの間を歩き、さまざまな指示を出している。

 よく見れば、他にもイシュリナス騎士団の者たちや、イシュリナスの僧侶たちが残っていた。

 奴らは偽善者のはずなのに、モルグズはその光景から目をそらした。

 これではまるで彼らが「本物の正義の神の信徒」のようではないか。

 自らの権威を保つために平然と無罪のヴァルサを辱め、人々に殺させた連中がなぜこんなことをしている。

 答えはわかっていた。

 イシュリナス寺院にも、腐った奴とそうでない、まっとうなものがいる。

 ただそれだけのことだ。

 さらに信じられないものを、モルグズは見た。

 何度も幻覚ではないかと確認したが、間違いない。

 病人たちの近くに、忙しそうなネスファーディスがいる。

 てっきりどこかに逃げたと思ったのに、彼は寺院の僧侶や、この都の衛視たちとなにやら今後の対策について相談をしているようだ。

 こんなのはただの人気取りだと叫びたかったが、命を賭けてそこまで出来る領主など、そうそういるものだろうか。

 むろん、ネスファーディスは幾重もの魔術的な防御により、感染しないようにされているはずだ。

 それでも、万一ということがある。

 しかもこの病気は、遥か古代に封印されたはずのものなのだ。

 つまり未知の病として認識されている可能性が高い。

 なぜだ。

 こんなのは卑怯だ。

 ネスファーディスはヴァルサの命を切り捨て、この自分を幽閉し、地球の高度な知識を独占しようとした人間の屑のはずなのに。

 モルグズは、自分が負けたような気がした。

 心の何処かで理解していたことだ。

 人間を、単純な善悪で分けることなど、出来るはずもないのだから。

 モルグズにとってはネスファーディスは間違いなくヴァルサの仇だが、彼には彼の考えがある。

 ネス伯爵としてはやはり有能な為政者なのだ。

 ふいに、ノーヴァルデアがつぶやいた。


 sata era aldea.(彼女はアルデアだ)


 ぎょっとした。

 ノーヴァルデアは、アルデアのことをきちんと認識している。


 aldea era udnema resa cedc.va batsova.(アルデアは大人の女のようだ。私は違う)


 ノーヴァルデアの顔に、かすかな赤みがさした。

 その黒い瞳の奥で、なにか忌まわしいものが揺れている。

 憎悪の炎、とでもしか表現しようのないものだった。


 wam aldea era udnema resa cu?(なぜアルデアは大人の女なんだ?)


 fu:mo:r,no:valdea.(落ち着け、ノーヴァルデア)


 そこで傍らにいたスファーナが、余計なことを言った。


 aldea ta no:valdea? a:js batsos dew sagla gow ...(アルデアとノーヴァルデア? 二人は似ているけど年齢が違う……)

 

 やはりこのいかれた小娘も、さっさと殺しておくべきだったとモルグズは後悔した。

 ノーヴァルデアは間違いなくアルデアを双子の姉や妹、つまり自分の分身のようなものだと理解している。

 そして、今、大人となっているアルデアに対する憎悪で胸をたぎらせている。

 

 zamga:r ned.(殺すな)


 モルグズは緊張しながら言った。

 ノーヴァルデアも、その言葉を聞いて我に返ったようだ。

 だが、彼女の強烈な殺意めいたものは肌に突き刺さるかのようだった。

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