12 a:sla!(アースラ!)

 ふいに、アースラのそばに、また別の男が出現した。

 きょとんとしたアースラは、まったく反応できていない。


 a:sla!(アースラ!)


 叫んだときにはもう、彼女の首から短剣が生えだしていた。


 zemno:r.(死ね)


 こんな状況だというのに、ノーヴァルデアは冷静につぶやいた。

 わずかに黒い、あるいは濃い紫の波動のようなものが虚空に見えたと思った瞬間、二人の男が大地にくずおれていた。

 アースラの首からは血が溢れ出しているが、その勢いがしだいに弱まっていく。

 助からない、と経験でわかった。

 あまりにも唐突で、あっけなさ過ぎた。

 強大な力を持つ闇魔術師のラクレィスも、クーファーの尼僧であるアースラも、短剣を的確に急所に受ければ、死ぬのだ。

 小脇にノーヴァルデアを抱えて、モルグズは森の奥へと走り出した。

 甘かった。

 彼らの正体は、見当がついている。

 ついにユリディンの牙が、文字通りその牙をむいてみせたのだ。

 二人とも、まず間違いなく魔術師だろう。

 それもおそらくは、暗殺専門だ。

 最初にラクレィスを襲った魔術師は、たぶんあの一瞬にして遠距離から転移する魔術を使ったに違いない。

 さらに異常な素早さもやはり、魔術で体を強化した可能性がある。

 二人目の魔術師も同系統の術で転移してきたのかもしれないが、また別のことも考えられた。

 水魔術師は人の意識に作用し、相手に姿を「認識させない」ことも出来たはずだ。

 つまり、視界に入っていたのに「脳はそこに人がいると認識していなかった」かもしれないのである。

 激しく心臓が高鳴り、恐怖を感じた。

 これが、魔術師の戦闘なのか。

 彼らはいきなり、接近戦に持ち込んできた。

 魔術師の弱点は呪文の詠唱に必要な時間がかかるという点にあることを、知悉しているとしか思えない。

 もしノーヴァルデアが平静さを失わずに法力を使っていなければ、こちらは全滅していた可能性が高い。

 ひょっとすると、自分たちは「泳がされていた」のかもしれなかった。

 つまり、邪神を解放したことも、病を広めようとしたこともすべてユリディン寺院に監視されており、最後の最後でこちらの勢力がどの程度か把握した上で、妨害をしてきたということもありうるのだ。

 だとすれば、すでにテュリスも殺され、その死体はひそかに焼却されているかもしれない。


(いや実際、今回は危なかったよ。ユリディン寺院ですらきちんと把握していなかった。まあ、僕がいたから危ないところでなんとかなったようなものだから)


 頭に直接、言葉ならざる思考が流れ込んでくる。

 こういう芸当は魔術師や僧侶でも不可能だ。


(ナルハイン神か)


(まあね。いや、僕としても珍しく多少は責任を感じてはいるんだよ。まさか君があそこまでやるとは想像していなかった。ただ、あまり直接、僕らが介入するのはいろいろ問題があるんで、ユリディン爺さんに君たちのことを教えてあげたんだ。なにしろあのおっかないおばさんは、他にも何十種類もとんでもない計画を立ててるからね。今回みたいなことが、たまにあるんだから怖いねえ)


 つまり、ユリディン寺院ではなく「ナルハイン神」に気づかれたのが今回の失敗の原因のようだ。

 いままでゼムナリアは「何度もナルハインに煮え湯を呑まされた」と言っていたが、今回もそういうことなのだろう。


(あんたは正義の味方でも気取ってるのか)

(とんでもない。僕はただ楽しいことが好きなだけだよ。でも、君の計画はちょっと僕の好みからは外れている。いくらなんでもやりすぎだって思わなかったのかい?)

(復讐だ。ヴァルサは殺されたのに、なんでこの世界の偽善者どもはのうのうと暮らしていられるんだ)

(あれは気の毒だとは思う。でも普通の人たちにその責任を押しつけるのは良くないね)


 勝手なものだ。

 結局、この世界での神々というのは自分勝手に人間を振り回し、愉しんでいる。


(否定はしきれない。でも、仕方ないじゃないか。僕らだって好きで神様やってるわけじゃないんだから)


 一体、この世界における神々とはなんなのだ、と改めて問いただしたくなった。


(じゃあ、人間ってのはなんなんだい? 勝手に神様を崇めて自分たちのために利用してる。僕らからすれば、神々なんて呼ばれている存在はみんな人間に迷惑かけられているんだよ。お互い様だね。少なくとも君に文句を言われるいわれはない)


(あんたも大概、むかつく神だな)


(そりゃそうだ。「人間たちがそう思うからこそ僕らはそのように振る舞っている」んだよ。別の世界からきた君なら、いずれ僕ら、神々なんて呼ばれているのが何者か、理解できると思うよ。この世界でそこを考えられる人間は限られている。まあ、とりあえずはいま君が小脇にかかえている女の子を、大事にしてあげることだね。僕は紳士だから、女の子を大事に扱わない奴はあまり好きではないんだ)


(あんたに好かれたくはない)


(無理して僕を好きになる必要はないよ。僕は君の味方ではないけど、敵でもない。ただ僕には僕の流儀ってものがあるんだ)

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