第十三章 zobgan to:vs(地獄の都)

1 no:valdea.zemgato ci viz cu?(ノーヴァルデア。お前は俺を殺せるか?)

 ラクレィスは死んだ。

 アースラも死んだ。

 より正確に言えば「ユリディンの牙」と思しき魔術師たちに殺された。

 だが、それはノーヴァルデアにとっては、さほど大きな問題ではないようだ。

 改めて、彼女のことがわからなくなる。

 子供ではないはずだが、子供よりも子供っぽい謎の存在。

 あの小屋も、あるいはユリディン寺院にすでに知られているかもしれない。

 というより、むしろそのほうが自然だ。

 結局、グルディアまではるばる向かった意味は、なかったということになる。

 テュリスの「血まみれ病」も、たぶん周囲には広まらない。

 すべてはあの忌々しいナルハインのせいだ。

 トリックスター。

 いたずら好きだが、災いの源にもなれば、有益な存在ともなりうる相手。

 今回の場合は、セルナーダの人々から見れば後者だろうが、モルグズから見れば前者だ。

 とりあえず、これからどうするか。

 アースラとラクレィスの不在が、痛かった。

 少なくともあの二人は、この世の中についてそれなりに知っていた。

 今の状況は、ある意味ではかつてヴァルサと二人だったときと似ている。

 だがヴァルサと違い、ノーヴァルデアの考えていることがときおりわからなくなる。


 morguz.fozu:r vaz.(モルグズ。私を放せ)


 そういえば、脇に抱えたままだった。

 彼女を大地の上に下ろしたが、樹間の闇が今はひどく不気味に思える。

 もちろん魔獣やアルグも恐ろしいのだが、今はそれよりも危険な「ユリディンの牙」がこちらを追っているかもしれないのだ。

 率直に言って、これからどこに行けばいいのかわからなかった。

 なんの指針もない。

 なにを考えているかわからないゼムナリアの尼僧と、この魔の森で二人きりだ。

 さらにいえば、いまもユリディンの牙に狙われているかもしれない。

 ラクレィスがどれほど豪胆だったのか、ようやく理解した。

 彼は自分もユリディンの牙なのだから、その恐ろしさは理解していたはずだ。

 それでもいつも、ごく普通にふるまっていた。

 次の瞬間には、どこからともなく空間を転移してきた魔術師が現れ、いきなり殺されてもおかしくなかったのに。

 生は苦痛である。

 ノーヴァルデアの口癖のような言葉だ。

 事実、ずっとこれから暗殺に怯え続けることを考えれば、苦痛かもしれない。

 死ぬのも一つの手、ではある。

 死の苦痛は知っているが、それでも「このまま生き続ける」よりは、ましかもしれない。

 自分の弱さを、痛感した。


 no:valdea.zemgato ci viz cu?(ノーヴァルデア。お前は俺を殺せるか?)


 すると、彼女は当然のようにうなずいた。


 jod ers cos.(それは簡単だ)


 だが、なぜかそれからしばし、ノーヴァルデアは口ごもった。


 gow va zemgava fog ned tuz.(だが私はお前を殺したくない)


 wam ers cu?(なぜだ?)


 va erav sxi:bon teg.(私が寂しいからだ)


 とてもノーヴァルデアの言葉とは思えなかった。

 平然と人を殺せるゼムナリアの尼僧でも、寂しいなどと思うのだろうか。

 

 va nava fog ned unle.(私は一人になりたくない)


 子供みたいなこと言うなよ、と叫びたくなった。

 それでも、どこかでわかっていた。

 やはりノーヴァルデアは、本質的にあまりに幼い子供なのだ。

 また父親ごっこでもする気か、と心のなかで誰かが囁いている。

 守るべきものがいれば、自分も耐えられる。

 なんのことはない、これではヴァルサのときとまったく同じだ。

 結局、ノーヴァルデアの存在に、こちらから依存している。

 異性としてヴァルサを意識していたが、今回はそうした要素はない。

 保護欲とは、結局、我欲なのだ。

 彼女はもう成長しない。

 ある意味では、怪物のようなものだ。

 死の女神に寵愛され、死の力をあたりにばらまく子供なのである。

 さまざまな矛盾を抱え、それでも彼女は生きようとしている。

 しかも本人はどこまで意識しているかは知らないが、他者の死にひそやかな喜びすら感じている。

 もっとも、自分も人のことを言えた義理ではないのだ。

 まだ、ヴァルサの復讐は終わっていない。

 ナルハイン神の言っていることは、一理あるどころではない。

 ノーヴァルデアを守りたいという欲望と、ヴァルサの復讐をしたいという欲望が、今の自分の命の糧となっている。


 kap nav fog ned unle.(俺も一人になりたくない)


 どこか寂しげに、それでも嬉しそうにノーヴァルデアが微笑んだ。

 もう、面倒くさい話はなしだ。

 とにかく今からは生き延びることを考える。

 とはいえ、ラクレィスとアースラを失った以上、この森をゆくのは危険だ。

 いままでは交代で見張りをしていたが、それも出来ない。

 その瞬間、いきなりノーヴァルデアが白目をむいた。

 ユリディンの牙の魔術師による攻撃を警戒したが、なにか感じが違う。


 ....zerosa yujuga val alva:r medirnasa.(……女神は私にメディルナに行けと言った)


 どうやら、神託を受け取ったようだ。

 しかし、今度はメディルナか。

 メディルナはイシュリナシア第二の都市で、古くからの学問と魔術の都だという。

 ある意味では、ユリディン寺院の魔術師たちの本拠地のような場所ではないか。

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