2 mo:gu mo:guluva a:gada mo:gu mo:guluva sulensu a:gada leize:n reidu vi:do!

 今度は、ラクレィスが笑った。


 mo:gu mo:guluva a:gada mo:gu mo:guluva sulensu a:gada leize:n reidu vi:do!


 いきなり虚空から生じた二本の槍が滑るように宙を疾駆し、盗賊たちの体に突き刺さる。

 そのまま二人は、派手に石畳の上に倒れた。

 これは直接的な術の威力ではないのだが、その拍子に一人は首の骨を折ったらしい。

 受け身がとれなかったのは、麻痺が効果を表しているからだ。

 さすがに手慣れたものだ、と思う。

 ちなみにこの呪文の構成は、モルグズも当然、理解していた。

 まず、mo:guとmo:guluvaは、それぞれ闇の各魔術印であり、段階印である。

 これが二つずつ並んでいるから、二つの闇槍が出たのだ。

 a:gadaも相手を麻痺させる核魔術印だが、これは段階印ではない。

 sulensuは形状印で、闇の形を槍に指定している。

 leize:nは、飛翔を意味するやはり核魔術印だ。

 次のreiduは、人のことであり、対象印である。

 そして最後のvi:doは発動印であり、どんな呪文もこれがなければ無意味だという。

 こうして理解すると呪文も実は意外に簡単な仕組みでなりたっているのだが、才能がないと使えない。

 たとえば、いまの呪文だけを暗記して唱えても、術の行使は不可能である。

 なぜなら魔術は詠唱だけでなく、印を描くことも不可欠だからだ。

 そして以前、ラクレィスも言っていた通り、この発音と印の形を同時に記憶することができるのは、一般人には不可能なのである。

 魔術の才能というものは、生まれつきのものらしい。

 それにしても不思議なものだが、実はモルグズはこの魔術の発動について、ある仮説を立てていた。

 魔術印の発音と形を同時に覚えられないという話から、量子力学がなんらかの形で関わっているのではないかと勝手に推測している。

 量子力学はきわめてミクロの、電子や陽子、中性子といったものを扱う学問である。

 量子力学の世界では、通常では考えられないような出来事が起きる。

 たとえば量子は基本的に運動しているのだが、その位置を特定すると、運動量がわからなくなってしまう。

 その逆も然りだ。

 こんなことは日常ではありえない。

 空を飛ぶ鳥の位置を特定したからといって、その鳥がどれだけの速度で飛んでいるかわからなくなるということは、考えられないようなものだ。

 だが、量子の世界ではこのありえないことが起きている。

 さらにいえば、観測するまでは位置も運動量も確率でしか表現することができない。

 つまり、観測前は量子はどこにあってもおかしくないわけだ。

 しかし観測した途端、その可能性は収束してしまう。

 空を飛んでいた鳥はさまざまな場所に「同時に存在していた」が、観測した瞬間に、一箇所に集まるようなものである。

 馬鹿げた話に思えるが現実に量子はそのようなふるまいを見せるのだ。

 発音と印の形を同時に記憶できないというのはこれに似ていないだろうか。

 そこから始まった推論は、魔術師とは一種の「量子干渉能力者ではないか」ということだった。

 通常、人間の意志が量子に干渉することはない。

 だが、それを行える人間がいたとしたら、とんでもないことになる。

 たとえば光子が「特定の場所に集まる」可能性は、ごくごくわずかではあるが存在する。

 また、大気中の可燃性の元素が「たまたま」集まり「たまたま静電気などで発火する」こともありうる。

 もちろんそんなことは滅多に起きない、というよりそれこそ天文学的に低い確率だ。

 しかし、もしそうした力を持つ人間がいるとすれば……。

 つまり、魔術師の五大元素理論は「完全に間違っている」。

 しかし、これは意識を統御するにはなかなか有効な考え方、ともいえるのだ。

 少なくとも魔術師は五大元素理論を、魔術の真理だと信じ込んでいる。

 無意識領域の動きで操作できないものを、音や形などでシンボル化して制御しているのが、魔術と呼ばれるものの本質なのかもしれない。

 もっともこれはあくまでいい加減な推測にすぎないのだが。

 気がつくと、追ってきた盗賊どもはあらかた始末しおえていた。

 それでも、あちこちの建物から視線を感じる。

 そのなかに、盗賊トゥーレとつるんでいる者はどれほどいるのだろう。

 やはり、リアメスにいるのは危険だった。

 極論すれば、この街にいるものは「全員が敵にまわる可能性がある」のだ。

 それから人混みを縫うようにして北へと向かった。

 さすがに大都市らしく、ネスの都でさえここにくらべれば田舎町に思える。

 商店ではシャラーン産らしい鮮やかな色合の香料、絨毯、香炉などが売られているのが、いかにも異国的だ。

 広場では踊り子らしい薄物をまとった娘が、独特の踊りを踊っては人々の喝采を浴びている。

 陽気で、賑やかで、みな忙しく、そして幸せそうだ。

 殺意が心の奥底からせり上がってくる。

 こいつらも一皮むけば、みな同じだ。

 剣を抜き放ち、いきなり周囲の連中に斬りつけたら彼らはどんな顔をするだろう。

 もはや発想が、無差別殺人鬼のそれになりつつある。

 だが、これは正当な復讐なのだ。

 ヴァルサを奪ったこの忌まわしい世界の人々に、なにも悪いことはしていませんとばかりに日々の生活を送る偽善者たちへの復讐なのだ。

 そこで、いきなり理解してしまった。

 自分はやはり、ノーヴァルデアの同類であることに。

 彼女は救済で人を殺しているわけではない。

 自分だけが理不尽に苦しんでいるのに、楽しそうに暮らしている人々が、許せないという意識が、心の奥底に潜んでいるのだ。

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