第十二章 asuyg ja:bi(血まみれ病)
1 socum nediv sup riamespo.(すぐにリアメスから出たほうがいい)
今にしてみれば、あのイシャクの煙管を吸っていた男が怪しい。
そもそも、あの男はこちらの言ったこともきちんと聞いていなかったに違いない。
charsuyと訊ねたとき、charと聞いただけで勝手に「麻薬を売っている薬屋を探している」と思い込んだのだろう。
薬屋の扉は赤い。
だからcharfe so+bil、つまり「赤い扉」の店を紹介したのだ。
「薬屋に行け」「薬屋を知っている」という言葉は、そういうことだったのだ。
つまりはほぼ偶然、正解に行き当たったのだが、たぶん階段の上、つまり路地にいたはずの男は、こちらの言うことを盗み聞きしていたのに違いない。
二つの盗賊トゥーレ、いずれかの飼っている情報屋だろう。
厄介なことになった。
盗賊テューレは、公爵ともつながっているという噂があるのだ。
となれば、あるいは公爵の兵、最悪の場合、ウボド騎士団あたりが動き出すかもしれない。
イシュリナシアではイシュリナス騎士団に捕まり、グルディアではウボド騎士団に追われるなど笑い話にもならない。
両者とも激しく敵対し、戦場で幾度も干戈を交えている宿敵同士だというのに。
socum nediv sup riamespo.(すぐにリアメスから出たほうがいい)
ラクレィスが苦々しげな表情を浮かべていた。
油断していたのは、モルグズも同じことだ。
それにしても、自分はもはや完全に大悪人だと笑いたくなる。
わざわざ古代の邪神を復活させ、疫病を流行させようとするなどゲームや小説ではむしろ敵役のすることなのだ。
とはいえ、もう心は決めた。
ノーヴァルデアの件を吹っ切った以上、これからはいくらでも人を殺せるはずだ。
たとえ女子供でも容赦なく。
いや、その洗礼はすでにあの開拓村で済ませている。
改めて地上に戻ると「死体小路」は一見、いままでと変わらぬように見えた。
だが、さきほどとは空気が一変している。
無数の視線を感じた。
厄介なことになったな、とモルグズは悟った。
ここで仕掛けてくるかどうかはわからないが、明らかに盗賊テューレの息のかかった者たちがこちらをあちこちから監視している。
いままで気配のなかった数階建ての建物からも、それは感じられた。
ラクレィスの言うとおり、このままリアメスの都かに出るべきだろうが、あまり地理には明るくない。
事態は悪化している。
いつのまにか敵地で包囲されていたようだ。
モルグスの仲間たちはみな強力な殺傷能力を持っているが、だからといって有利、というわけでは決して無い。
これは魔術師や僧侶に特に言えることだが、この地での戦闘は全体的に「攻撃力があまりにも高すぎる」のだ。
ラクレィスに教えられた魔術師の戦闘の基本はまず「敵の存在と位置を把握すること」だという。
極端な話、そこに相手がいると確信して呪文を放てば、見えずとも攻撃は命中するという。
しかし同時に「魔術的な戦闘では自分の技を相手に気取られぬこと」とも教わった。
つまり、どんな術を使うか露見すれば、相手は対抗策をとれるという意味だ。
もし敵がただの盗賊連中だけであれば特に問題はない。
しかし盗賊トゥーレは、魔術師たちを雇っていることもあるのだ。
ers mende,(厄介だね)
ふと、アースラが笑った。
asri:r!(炎よ灯れ!)
あまりにも、単純かつ率直な彼女のその言葉を受けて、一つの石造りの建物の窓がいきなり発火して炎が噴出してきた。
石造りの建物が燃えにくいのは事実だが、それが不完全な認識であるのも確かだ。
特にこのリアメスでは古い建物は石造りで耐久性はあるが、それだけだと構造的に弱い。
だから、おそらくは内部の木材を定期的に替えて補強しているはずなのだ。
その木材が燃えれば、あっという間に火の手は広まる。
果たして猛然と建物のなかから火が吹き出し、その周囲からも人々の気配らしいものが感じ取れた。
「死体通り」の住民は予想以上に多かったらしい。
当然、盗賊トゥーレの関係者がほとんどだろう。
あちこちから悲鳴が聞こえてきた。
決して、炎に巻かれただけではない。
炎のない場所からも怯えた声がする。
そこでモルグスは理解した。
クーファー神は、グルディアではイシュリナシアのゼムナリアと同じくらい、あるいはそれ以上に恐れられているのだ、と。
みな裏口から脱出しているらしく、目の前に落ちてくる間抜けはさすがにいない。
改めてクーファー神の尼僧の実力は理解した。
だがそれはこの後の困難をも意味する。
つまり、人々は決してクーファーの尼僧を許さないということだ。
だが、アースラはいっそ潔いほどに陽気だった。
yoy,tanju:r!(おい、逃げるよっ)
そう宣言すると、軽快に駆け出していく。
なにしろ残りのみながリアメスには詳しくないので、彼女のあとをついていくしかない。
ふいに背後から殺気めいたものを感じた。
何人もの、一見すると浮浪者か物乞いにしか見えない男たちが刃物を手にしている。
彼らが二つのトゥーレのどちらに属しているかは知らないが、盗賊たちの偽装した姿であることは明らかだ。
突如、アースラが立ち止まると、また物騒に笑った。
asro!(炎っ)
たちまちのうちに、男たちが炎に包まれる。
一瞬、閃光のようなものが走ったので、アルグにかつてアスヴィンの森で使ったものと同じ法力を用いたのだろう。
gaaaaaaaaaaaaa!
何人もの男たちが火だるまになるさまは、ほとんど地獄絵図である。
誰が汚物まみれの黒い石畳の上で転げ回り、必死になって火を消そうとしていたがたぶん無駄だろう。
だが、さらにその奥からまた新手が燃える仲間たちを避けるようにしてやってくる。
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