7 no:valdea hxadega re selinle!(ノーヴァルデアが精霊に憑かれた!)

 アースラの言葉に眉をひそめた。

 普通でないアルグなど、いるのだろうか。

 そこで、思い出した。

 アルグたちは独自の神々を持ち、なかには法力や魔術のようなものを使う者もいるという。

 そういうのでなければいい、というのがたぶんアースラの言葉の意味だ。

 ただでさえ厄介な敵だというのに、確かにそこまで強力な相手は厄介だ。

 それにしても、アルグはよほど危険な敵らしい。

 イシュリナス騎士団に、いわば殴り込みをかけてきたノーヴァルデアさえも、表情をこわばらせている。

 それは、この環境も関係しているのだろう。

 アルグはもともと、森林に適応した種族である。

 となれば、樹上からの攻撃などもありうる、ということだ。

 もし開けた場所であれば話は別だが、いま、地の利はアルグたちにある。


 ajaaag!


 kaja+gu!


 ぞっとした。

 森の闇の奥から聞こえたその獣じみた声には、明らかに野蛮ながらも凶悪な、知性じみたものが感じられたのだ。

 肌が粟立つのがわかった。

 心臓の鼓動が早まっている。

 自分は明らかに、恐怖しているのだ。

 なにより恐ろしいのは「それが自分だけではない」ということだった。

 この即席の「邪悪な旅の仲間」とでもいうべき者たちがみな、アルグを恐れている。

 あるいはアルグに対する嫌悪と恐怖は、この世界の人間には遺伝子レベルで叩き込まれているのかもしれない。

 だとすれば、そのアルグの血もひいている自分は一体、なんなのだろう。

 恐怖と同時に、沸き立つような歓喜がやってきた。

 人としての部分がアルグを恐れ、アルグとしての部分が歓喜している。

 しかしそれは仲間に出会えたから、ではない。

 「アルグ同士で思うさま、殺し会える」からだ。

 なるほど、アルグという種族はどうしようもないらしい。

 仲間同士でも、殺し合いが大好きで仕方ないのだ。

 この本能がなければ、この世界では人類は森から出たアルグたちに食い尽くされていたかもしれない、と思ったその時だった。

 ひどく厭な感覚がした。

 なにか黒い糸の塊のようなものが奇怪な赤紫の光を発しながら、森の奥からこちらに宙をジクザクを描くようにして移動してきたのである。

 なんらかの魔術的なものである、ということだけはわかった。

 その奇怪なものがノーヴァルデアの体に吸い込まれていく。


 selin era!(精霊だっ!)


 ラクレィスが、うわずった声をあげた。

 精霊といま、彼は確かに言った。

 かつてこの地には、精霊を信仰する人々が住んでいた、とヴァルサに教わった。

 だが彼らはネルサティア人によって征服され、混血が起こり、いまのセルナーダ人になったのだと。

 今では精霊を使う魔術はほぼ廃れている、というような話も誰かから聞いた気がする。

 だが、アルグたちはいまだに精霊とかいうものを使うらしい。


 ahaaaaaaaaaaaahahahaaa!


 いきなり、ノーヴァルデアが落ち葉が降り積もった大地の上が転げ回り始めた。


 no:valdea hxadega re selinle!(ノーヴァルデアが精霊に憑かれた!)


 いつものノーヴァルデアではないことは、誰が見てもわかる。

 白目をむき、口から泡を吹いていた。

 あの恐ろしいゼムナリアの法力を使う尼僧ですら、精霊とかいう代物に憑かれるとこのようになってしまうらしい。

 とても戦力としては期待できない、というよりはこのままでは誤って舌でも噛みそうだ。


 gastis! ongoto no:valdeazo!(ガスティス、ノーヴァルデアを頼むっ!)


 ラクレィスが、普段は寡黙な大男に命じた。

 がっちりとした体躯のガスティスが、地面で暴れまわっている少女の小柄な体を必死になって押さえつけている。

 これで戦えるのは、自分とラクレィス、そしてアースラの三人だけになったと思ったその瞬間、樹上から一気に十体近い影がこちらにむかって跳躍してきた。

 あまりにも、疾い。

 だが、モルグズは彼らがそうすることを「知っていた」。

 これは体に流れるアルグの血のなせる技としか思えない。

 だから、他の二人と違い、まったく動揺することはなかった。

 長剣を使い、一匹のアルグの首めがけて右横から斬撃を放つ。

 黄ばんだ牙、黒っぽい体毛、人間を悪意をこめて戯画化したような獣じみた逞しい筋肉によろわれた体、といったものの細部が奇妙にゆっくりと動いていくように見える。

 がつん、という衝撃とともにアルグの頸骨が切断され、その首が派手な血をばらまきながら空を吹き飛ぶ姿が見えた。

 炎が焚き火にかかり、じゅっという音とともに厭な匂いの煙をたてる。

 さらにモルグズは二匹目のアルグの腹めがけて振り回した勢いの残る長剣を突き刺した。

 

 yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!


 妙に人間に似た声を放つアルグの胃袋のあたりを切り裂いたのか、鮮血とともに黄色っぽい液体までもが吹き出してくる。

 その瞬間、背後から殺気を感じた。

 ここで反対側に振り向こうとしたら、逆にやられる。

 そう一瞬で判断すると、体を左にさらに旋回させたまま、刀身で虚空を薙いだ。

 むこうにとって運悪く、モルグズにとっては幸運なことに、背後から襲おうとしてきたアルグの頭を長剣が直撃する。

 忌まわしい猿めいた頭蓋の骨が砕け、白い骨と脳と血と脳漿が反対方向に派手に吹き出していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る