5 no+tse mxujato foy selna:dazo,ned,yudnikzo.(いずれお前はセルナーダを、いや、世界を滅ぼすかもしれない)
改めて疑問を抱いた。
あまり上品とは見なされない表現であっても、ヴァルサはなぜこうした言い方を教えてくれなかったのだろう。
特に形容詞を使って動詞的な表現ができるのであれば、いままでよりかなり言葉の表現の幅は広がるはずなのだ。
いままで自分が会話した相手は、実はそれほど多くはない。
まず、圧倒的に多いのはヴァルサだ。
それと、ノーヴァルデアにラクレィス、そしてアースラ。
アルデアとネスファーディィスとも、それなりに言葉を交わしている。
他には宿の主人、街の人々などと話はしたが、数えるほどだ。
やがてモルグズはあることに気づいた。
いままで自分が会話をしてきたものは、魔術師と上流階級の出身者が多いことに。
ひょっとすると、セルナーダ語は上流階級や魔術師と、他の一般庶民では会話の表現がかなり違うのではないだろうか。
そして上流階級と魔術師に関係しているのは、彼らが「古代ネルサティア語の話者でもある」ということだ。
ようやく、手がかりが見つかった気がした。
fo:los ta yuridusma selna:da yurfa batsowa ku+sin reysuma selna:da yurfale cu?(貴族と魔術師のセルナーダ語と普通の人間のセルナーダ語は違うのか?)
満足げにラクレィスがうなずいた。
よく出来た弟子を見る教師の目だ。
もっとも、いまのモルグズは一時的にはラクレィスの魔術の弟子のようなものではあるのだが。
fo:los ta yuridus tenas ned had yu:ju ko:radzo.pagice yu:ju ko:rad kap batsowa.(貴族と魔術師はあの言い方を使わない。他の言い方も違う)
しばしラクレィスは考え込んでいた。
ku+sin reysi yujus,yas u:klazo.gow fo:los yujus,avas u:klazo.(普通の人々は言う、家族がいる。だが貴族は言う、家族を持つ)
日本語では「家族を持つ」というのはまったくないわけではないが、もっと自然な表現がある。
父や母は「持つ」ものではなく「いる」ものである。
だが英語ではI have my father.のような表現のほうがむしろ一般的である。
なるほど、納得がいった。
上流階級や魔術は、ネルサティア語的な表現に慣れているのだろう。
それがセルナーダ語を話すときにも、自然と出てしまうのだ。
かつてヴァルサが「すべての魔術師が貴族のセルナーダ語を話すと思うのは間違いだ」というようなことを言っていた気がする。
それはつまり、このことを意味していたのだ。
いま考えると、ヴァルサが「下品な言葉」をあまり使わなかった理由が推測できる。
まず、表現としてある程度、セルナーダ語に慣れてからのほうが覚えやすいだろうとこちらの事情を考えてくれたのかもしれない。
さらにいえば彼女自身、そうした言葉を使うことに抵抗を覚えていたことも考えられる。
だが、それは下品な言葉だからだろうか。
ヴァルサはそういう発想をするタイプではない。
グルディア人などに対しては露骨な差別感情をむきだしにしたが、あれはこの世界ではごく一般的なことなのだ。
おそらく、アーガロスが「下品な言葉」を嫌ったのではないか。
だからそうした表現を使わないよう、教育されていた可能性が高い。
古代ネルサティア語の存在が、結果的に同じセルナーダ語話者のなかでも、一種の階層の差を作っている、ともいえる。
同じ言葉なのに用法が違う言語。
ただ、程度の差はあれ、これは地球の言語でも似たようなものだ。
しかし日常的に使う動詞までyer,ある、いるとavar,持つ、所有するでここまで別になるという例は、少し珍しいかもしれない。
間違いなく、古代ネルサティア語はavarに似た動詞でそうした表現を行うのだろう。
となると、yerは先住民系の言葉の可能性が高い。
気がつくと、あたりはだいぶ、暗くなっていた。
そろそろ、戻ったほうがいいかもしれない。
voksuto fog zemno yuridzoszo cu?(お前は死の魔術印を学びたいか?)
いきなり、ラクレィスが訊ねてきた。
死の魔術師は闇魔術師が扱う魔術印のなかも、かなり高度なものである。
それは、ずばり対象に「死」を与えるものなのだ。
呪文のなかにその魔術印を組み込めば、大量の相手を殺すことすら可能なのである。
voksuv fog,bac yujugiv nxal?(学びたい、ともし俺が言ったらなら?)
すでにモルグズは闇系統の攻撃呪文を幾つか学んでいた。
たとえばmo:g leytis.すなわち「闇槍」と呼ばれる呪文は闇に槍のような形を与えてまるで物体のように対象を貫く。
さらにこの呪文には麻痺の魔術印も組み込まれているので、負傷した相手はそのまましばらく、麻痺状態になる可能性もある。
これだけで魔獣に対抗できるほど、かなり強力な呪文だ。
あっという間にこの術を習得したモルグズを見て、ラクレィスはいろいろと思うところがあるようだった。
もし、死の魔術印を使えるようになれば、どうなるか。
魔術師たちは、さまざまな魔術印の効果を「経験」で覚えていく。
たとえば「炎」の印を習得するためには、ただ火を思い浮かべるだけではなく、その実際に焼かれた熱さなどを知る必要があるとは以前、聞いていた。
そうした意味では、死の魔術印は、きわめて習得困難な魔術印、と言われている。
理由は単純だ。
「死」を経験してしまえば、その者は死んでしまうからである。
つまり擬似的な死を体験するしかこの魔術印を習得することは出来ない。
だが、モルグズは違う。
「実際に死んだことがある」のだから。
ラクレィスはおそらく、それを恐れているのだろう。
ある意味では、死の魔術印を完全な意味で習得したと言えるものは、いままで一人もいないのではないか、と彼から聞かされた。
つまり、死の力の威力も、中途半端なままのはずだという。
だが、おそらくこの世界の歴史上、モルグズだけは「本当に死の魔術印を完全に会得できる存在」なのだ。
ラクレィスは、死の女神ゼムナリアの信者である。
そのラクレィスをもってしても、闇魔術師でありおぞましい死霊魔術をいくらでも使え、動死体の群れを率いることのできる彼でさえも、モルグズに死の魔術印を教えることを、恐れている。
おそらく、その威力の想像がつかないからだろう。
teminum rxobiv tuz.(正直、俺はお前が恐ろしい)
ラクレィスは言った。
no+tse mxujato foy selna:dazo,ned,yudnikzo.(いずれお前はセルナーダを、いや、世界を滅ぼすかもしれない)
それを聞いて、モルグスは笑った。
ヴァルサのいない世界に価値などないのだから、それもなかなか悪くない。
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