8 vo hxadav re zemnariale.(俺たちはゼムナリアに憑かれているんだ)

 魔術印は基本の印、対象の印、形状の印、そして発動の印の四つからなるという。

 基本というのは、asulaやmo:guのようなもので、言語でいえば動詞のようなものだろう。

 対象の印というのは、何に対してその効果を発揮するかと限定するらしいので、さしずめ目的語あたりか。

 形状の印は、効果の形などを決めるので形容詞めいている。

 最後の発動の印、vi:doは、いわば文が終わることを意味するピリオドみたいなものかもしれない。

 ただ、魔術が奥深いのは、たとえそうした魔術印を学んでも、その効果を実際にイメージしたり、体感として理解しなければ効果が発揮されないことだともいう。

 たとえばたいていの火炎魔術師は、asula、つまり炎、もしくは「燃える」ことを学ぶために実際に、体の一部を燃やして覚えるという。

 その熱や明るさなどを実感して、初めて魔術印を習得した、といえるらしい。

 つまり経験も大事なのだ。

 さらに興味深いことに、単純な炎の魔術印も、強さがあるということだ。

 asulaはもっとも簡単なもので、さらに強い炎を意味する魔術印が幾つもあるという。

 そうした印は「段階印」とも呼ばれる。

 だが、段階印ではないものもあるらしい。

 たとえば「破壊」を意味する魔術印は、段階を踏まずに同じ魔術印を使うが、術者によって効果が違うということだ。

 もっとも、ラクレィスはそうした火炎魔術の魔術印については、詳しくはないらしい。

 彼の専門はあくまでも闇だからだ。

 とはいえ、闇の属性というものを持っているらしいモルグズとしては、武器になるものならなんでも知りたかった。

 ただ、さすがにラクレィスはそのあたりなると慎重になった。

 どうも魔術師たちの間では、迂闊に魔術について人に教えてはならない、という厳しい掟があるらしいとは気づいている。

 それを破ったラクレィスですら、ためらう領域というものがあるらしい。

 ある程度、想像はつく。

 死霊を呼び寄せる、動死体をつくり操る、あるいは直接、大量の死を人々に与える、といった術がおそらくは闇魔術には存在する。

 それでも、闇魔術の攻撃呪文についてはいろいろと教えてもらった。

 実際に使えるかどうかわからないが、知識としては役に立つ。

 そんなことをしているうちに、また一ヶ月近くが経過したようだ。

 銀の月が、また満月になっている。

 恋人たちの月の光を見るたびに、モルグズは感傷的な気分になった。

 もう一ヶ月もたったのだ。

 ヴァルサとともに過ごしたときと同じくらいの時間が経過したのだ。

 それが信じられない。

 ある晩、小屋の外に出て森の葉の間から降り注ぐ月光を浴びた。

 すでにアスヴィンの森の樹木も、広葉樹は少しずつだが黄色く色づき始めている。

 セルナーダの夏は、あまり長くはないようだ。

 ヴァルサのことを思い出すたびに、胸に物理的な痛みが走る。

 同時に、人間たちに対するどうしようもないほどの殺意が沸き起こる。

 そんなとき後ろから扉が開かれる音がした。

 ラクレィスだった。


 bomboto lakresazo cu?(恋人のことを思い出してるのか?)


 普段、あまりこちらの心のうちに入ってこないラクレィスらしからぬ言葉だった。


 wob bac bombov nxal cu?(もし思い出してたらなんだってんだ?)


 すると、ラクレィスは珍しく、顔にはっきりと悲しみの表情を浮かべた。


 kap bombov vim lakreysuzo.(俺も男の恋人を思い出していた)


 一瞬、意味がわからなかったが、しばらくして理解した。

 lakreysとは「男の恋人」という意味だ。

 つまり、ラクレィスには「男の恋人」がいたということになる。

 セルナーダの地では、女性同士の同性愛には寛容だが、男性となると話は違ってくる。

 場合によっては、死罪もありうるのだ。

 馬鹿馬鹿しい、とは思わない。

 百年前の、近代国家となった欧米でも多くの国で同性愛は犯罪だったのである。


 vim lakreys zemga re se+gxon reysile.(俺の恋人は「正しい人々」に殺された)


 それがどうした、と叫びたかった。

 お前の恋人はヴァルサのように、あんな無残な殺され方をしたのか、と。

 だが、怒りはすぐに収まった。

 いまのラクレィスの、こわばった顔を見てしまえば、なにも言えない。

 彼は泣いていなかった。

 別に非情だからではない。

 もう、涙すら枯れ果てたのだろう。

 モルグズは同性愛者ではないが、それでも愛する者を失った苦しみ、悲しみは、痛いほどによく理解できた。


 ika ers lakfe,cod yurfa yeniya la:kazo napreysuzo ti+juce judniknxe.(月が綺麗だ。別の世界では、この言葉は誰かを愛することを意味するんだ)


 ya:ya.(そうか)


 二人でしばらく、魔の森アスヴィンの底から、あまりにも美しい銀の月を見上げていた。


 sxulv varsa faha ned bac zemgav nxal reysizo,(もし人々を殺してもヴァルサがよろばないのは知ってるんだ)


 ers foy,(かもしれない)


 gow kotkiv fog vim lakresa tsem.hxadav re li hosle cu?(でも俺は俺の恋人のために復讐したい。俺はホスに憑かれているのか?)


 ラクレィスは淡く柔らかに、そしてひどく冷酷に微笑んだ。


 vo hxadav re ned hosle.(俺たちはホスに憑かれているんじゃない)


 その次の言葉をなぜかモルグズは知っていた。


 vo hxadav re zemnariale.(俺たちはゼムナリアに憑かれているんだ)

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