7 yuridbem ers temin judnik.(魔術宇宙こそが真の世界だ)

 この森での生活にもある程度は慣れてきた。

 とはいえ、単調なことには変わりがない。

 それを言えば、アーガロスの塔でヴァルサからyurfaを習っていたときも似たようなものではあるのだが、あのときのような新鮮な喜びは、ない。

 家事はガスティスが一人でこなす。

 ラクレィスからは、魔術を習う。

 ノーヴァルデアは、日がな一日ぼうっとしている。

 それでも、鱗熊を狩ったことで、ようやく一人前として認められた気はする。

 もっとも、モルグズはゼムナリアに入信する気はなかったが。

 最初のうちは顔をあわせるたびに「入信しろ」と言っていたノーヴァルデアも、ある日を境にぴたりとやめた。

 たぶん、女神から神託でもうけとったのだろう。

 あの男の好きにさせろ、とでも。

 いまのモルグスは魔術の勉強を続けている。

 だが、これはラクレィスに言わせると、邪道もいいところなのだそうだ。

 本来の魔術師は、師匠のもとでまずネルサティア語を習い、それから魔術の学習をするのだという。

 予想はしていたが、そもそも魔術書はすべてネルサティア語で書かれているという話だった。

 より正確にいえば古代ネルサティア語だ。


 eto kul foy selna:danxe voksuto yuriduszo sxulto ned uld nersatia yurfazo.(セルナーダで古代ネルサティア語を知らずに魔術を学ぶのはお前だけかもしれない)


 ラクレィスはときおり、ため息混じりにそう言った。

 最初のうちは得体の知れない男だと思っていたが、だんだんラクレィスの微妙な感情の変化が表情だけでわかるようになってきた。

 三人のゼムナリア信者たちの共通点は、感情をあまりあらわさないところである。

 それでもラクレィスといる時間が長く、いろいろと話し込むせいか、彼の心の動きはある程度、掴めてきた。

 基本的に神経質で繊細な男だが、悪人という感じではない。

 ゼムナリア信者にこんな表現をするが馬鹿げているのは百も承知だが。

 ラクレィスは魔術について、要点をきっちりと説明してくれた。


 yuridres omos zev yuridzosma ca:ri ta pazo.omos ci ned cod dewzo reys avas ned yuridusma layfaszo.ers un kul.(魔術師は魔術印の発音と形を覚えなければならない。魔術の才能がないものは二つを覚えることは出来ない。一つだけだ)


 つまり、あの図形のようなものと、発音を二つ、同時に覚えられるものが魔術師の才能あり、ということになるようだ。

 理由を聞いたが「わからない」という簡潔な答えが帰ってきた。


 gow omoto ci dewzo.yato layfaszo dog.(だがお前は二つを覚えられた。だから才能がある)


 一つの魔術印の形と音と覚えることが出来なければ、魔術を使うことは不可能だ。

 普通であれば、こんなことは考えられないが、魔術とはそうしたものだと割り切るしかなかった。

 きちんとした魔術師の教育を受ければその理由がわかるのかもしれないが。

 どうもこれは認知心理学的な問題、もしくは量子論的なものが関わっている可能性があるとは思ったが余計な質問はしなかった。

 いまはとにかく、実践的な魔術を習いたかったからだ。


 yuridres avas sakma vansuma sxorvozo.eto a:mofe asro ta no:vazo.(魔術師は五つの元素の属性を持つ。お前は火炎と闇が強い)


 だが、闇と炎は対立する元素のため、下手をすれば互いに力を打ち消し合うこともあるという。

 生まれた日によって、その人間の持つ元素属性というのは変わるらしい。

 さらに厳密に言えば生まれた月、生まれた週、そして生まれた曜日だ。

 セルナーダの一年が十ヶ月であり、一週間は三十五日で、曜日が七つなのはこれと無関係ではないという。

 十の月はそれぞれ五つの元素に分かれ、さらに一ヶ月も五つの週に分割される。

 これだけで属性が二つ、決まる。

 ただ週が七つなのは、五つの元素の他に混沌と虚無という、また別の要因が働いているらしいが、そこは難しいので今は覚えなくていいと言われた。

 むしろ大事なのは、徹底してこの地の魔術が五つの元素というものを中心にしている点だ。

 西洋魔術の四大元素論よりは、むしろ東洋の五行理論と似ている気もする。

 いずれにせよ魔術師たちはすべての現象をこの五つの元素の相互反応により解釈する、ということだ。

 つまりこの世界の魔術は、一種の疑似科学にすぎない、ということもできる。

 少なくとも物理法則は、地球のそれで説明したほうが遥かに理解しやすい。

 問題は、この世界にはyuridbem、つまりは「魔術宇宙」あるいは「魔術面」とでもいうべきものが存在しているということだった。

 これに関しては、まったく地球の科学が通用しない。

 魔術師たちは音や魔術印といったものを組み合わせ、直接、このyuridbemに働きかけるのだそうだ。


 yuridbem ers temin judnik.(魔術宇宙こそが真の世界だ)


 この思想が魔術師、あるいは僧侶たちの根本原理らしい。

 魔術師たちはこのyuridbemを呪文などによって「書き換える」。

 するとyuridbemの影にすぎないmetsbem、つまり物理的な世界にもその影響が反映されるというのだ。

 本物の魔術がおそらくは存在しない世界からきた人間からすれば、そうですかと納得するしかなかった。

 だが現実に魔術的現象は、モルグズの知る物理宇宙の法則では説明できない。

 物理宇宙では闇は単なる光の不在のはずなのだが、魔術的にはそれは一つの元素の現れなのだという。

 そのおかげで鱗熊に食われずにすんだのも事実だ。

 それからさらに、実用的な魔術の使い方を教えられた。

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