10 vomova mavi:r ned! mavi:r ned!(お願い、見ないでっ! 見ないでっっ!)

 そもそもイシュリナス神はなにをしているのだ。

 もはやこの世界に神々が実在することは疑っていない。

 ならば、彼女がゼムナリア信者ではないとなぜ僧侶たちに告げないのだろう。

 それとも、今頃、昼寝でもしているのか。

 神々の世界とやらに行って直接、イシュリナスを叩き起こしたいところだが僧侶は自らの欺瞞に疑問を抱いた様子もなく話を続けた。


 cod rxsfa era zemnariaresa!(この娘はゼムナリア信者だっ!)


 凄まじいどよめきがあたりに轟いた。

 驚きのあまり、あちこちの寺院の屋根に止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたいていったほどだ。

 みなとうにわかりきっているはずなのだが、実際にイシュリナスの僧侶が明言すると、やはり意味が違うものらしい。

 単なる噂ではなく、正義神の神の僧侶が断言したのである。


 zemnariaresa……(ゼムナリア信者……)


 erav mo:goce had rxafsazo! zemnarisresa zemega fuln sxumreysuzo!(あの小娘が憎い! ゼムナリア信者が前のご領主を殺したんだからね!)


 yazda:r ned zemnariaresazo!(ゼムナリア信者を赦すな!)


 socum siti:r zemreysuma zobgasa!(さっさと死人の地獄に落ちろっ!)

 

 罵声と怒号とかあちこちから聞こえてくる。

 何百、あるいは周囲の路地をあわせれば線を超える群衆たちの殺意と敵意を一身に浴びながらも、まだ気丈にもヴァルサは唇を噛み締めながら、泣くのをこらえているようにモルグズには思えた。


 cod rxafsa era tu+koce to:g.jen sur torvav satom tukoga tu+kozo,(この少女はあまりにも罪深い。これより彼女の犯した罪を告げる)


 いつのまにか壇上に、黒い衣服をまとった屈強な男が現れた。

 革製の鞭を手にしているが、よくみるとその鞭には無数の金属製の棘がついている。

 僧侶が一つの罪を告げた途端、いきなり黒衣の男がヴァルサの体にむかって鞭を打ちつけた。

 肉が弾けるような忌まわしい音とともに、亜麻布の肌着が破け、白い肌と真っ赤な鮮血、そしてわずかに桃色の肉がのぞいていく。

 あまりにも凄惨で、正視しかねる光景ではあったが、なによりもモルグズの心胆を寒からしめたのは人々の反応だった。


 ham pi+kosum wogno:r!(もっと派手にやれっ!)


 citso:r zemnarisersazo!(ゼムナリア信者を苦しめろ!)


 一撃で下着だけでなく肌が裂かれ、肉まで露出するほどの鞭の打擲で、ヴァルサは想像もつかないような激痛を味わっているようだ。

 鞭がうなるたびに少女の体のあちこちが爆ぜ、無残な姿となっていく。

 かつて地球で冷酷な殺人鬼であったモルグスでさえ、ある種の恐怖に麻痺したようになっていた。

 まだ未成年の少女にこのような苛烈な刑罰が与えられているから、ではない。

 人々がどう見ても「この見世物を楽しんでいるとしか思えなかった」からだ。

 憎しみ、怒りといったどす黒い負の感情だけではなく、そこには嗜虐的な性的な喜びや、弱いものが嬲られるさまに歓喜している様子があきらかに見受けられる。


 a:va van pabsa!(いいおっぱいしてやがるっ)


 mavte cu? erw bas cedc eln mets! had ers fo:n tic!(見たか? 棒みたいな白いもの!ありゃ骨だぜっ!)


 次の瞬間、少女の頬のあたりに鞭があたり、傷口が裂けて血が吹き出した。

 口がまるで大きく広がったようにもみえる。

 あまりの残酷さにモルグズですら戦慄しているというのに人々が「爆笑していた」。


 oy! mo:yefe gxut narum kotsowa!(おお、可愛いお口が大きくなったぞ!)


 era lakfe resa! foresa!(美人だな! お嬢様!)


 誰もが笑っている。

 ヴァルサのことを、ゼムナリアの信者でもないのに勝手にそう仕立て上げられた少女のことを嘲笑している。

 限界だ、と思い剣を引き抜いて走り出そうとしたそのときだった。

 いままで悲鳴をあげ、後ろの台に縛りつけられていた金髪の少女が、がっくりと頭をたれた。

 まさか、死んでしまったのだろうか。

 だが、あれだけの傷をおえば、外傷性ショックを起こしたことは考えられる。

 黒衣の男は鞭を使い慣れているらしく、重要な臓器の集中する腹部あたりは意図的にさけていたが、それでも出血もかなりのものだ。

 死ぬなよ、と思ったそのとき、いままでありもしない罪をでっちあげていたイシュリナスの僧侶が、小声でなにやらつぶやき始めた。

 その瞬間、嘘のように傷が塞がっていく。

 しかし、この癒やしの法力は決して彼女を救うためのものではないことは明らかだった。


 had zemnariaresa zemgega a:mofe van reysizo! yem yazda:r ned!(このゼムナリア信者は多くの善良な人々を殺した! いまだ赦されぬ!)


 イシュリナス神の法力により、もとの体にヴァルサは戻った。

 別の僧侶が運んできた水桶から、乱暴にヴァルサの体に水が叩きつけられる。

 その衝撃で、ヴァルサは意識を取り戻したようだが、桃色と黄色っぽい液体が太もものあたりから流れていった。

 水と血が混じり合い、さらに失禁して尿も伝っていったようだ。


 vomova mavi:r ned! mavi:r ned!(お願い、見ないでっ! 見ないでっっ!)


 金色の髪を振り見出してヴァルサは絶叫していた。

 年頃の少女にこれほどの恥辱はあるだろうか。

 あまりにも、酷すぎる。

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