9 sxugi:r ned mo:yefe amesle!(可愛い見た目に騙されちゃいけないよ!)

 金色の髪はいささかもつれていいる。

 だが鮮やかな緑の瞳には、まだ強い力が残っていた。

 彼女が身につけているのは、薄手の下着一枚だけだ。

 そのせいで体の線が透けて見える。


 era mo:yefe rxafsa.(可愛い女の子だ)


 teminum era zemnariares cu?(本当にゼムナリア信者なのか?)


 sxugi:r ned mo:yefe amesle!(可愛い見た目に騙されちゃいけないよ!)


 一人の、あまり美しいとはいえない若い女性が忌々しげに叫んだ。


 narhan reysi sxugis lakfe rxafsale! gow mavi:r,had gxfsama hobce cafzo!(馬鹿な男たちは綺麗な女の子に騙される! だけど見な、あの小娘のふてぶてしい面を!)


 ふてぶてしい、というよりはむしろこの状況に至ってもヴァルサは己の誇りを保っているようにしか見えなかった。

 なみの少女なら、これだけの敵意と悪意に満ちた人々に注目されるだけで、臆してしまうだろう。

 しかも下着一枚という屈辱的な姿なのだ。

 むしろその場で屈み込み、泣き出してもおかしくはないのである。

 なのにヴァルサは捕らえられたゼムナリア信徒の虜囚どころか、まるで一国の王女のように毅然としていた。

 とはいえ、彼女を死の女神の信者だと信じている人々の目からすれば話は違うらしい。


 ers nxunkon mini.(反抗的な目だ)


 dujaba foy voz.(俺たちを見下しているみたいじゃないか)


 事実、そうなのかもしれない。

 ここにいる群衆たちは、娯楽として処刑を楽しもうとしているのだから。

 それに対し、ほとんど悠然とすらいえる様子で人々を冷ややかに見つめるヴァルサのほうが、よっぽどまともな人間にモルグズには思えた。


 era weltuce pali.(緑の瞳だ)


 ha! mav ci dig va:lin morguzo bac gxafsa fira mo:yefe gxutzo nxal.(はっ! もし小娘が可愛いお口を開けたら立派な牙が見えるはずだね!)


 morguzと言われて慌てそうになったが、それは本来、「牙」という意味である。


 sekigiv tes era dewdalg!(あの子は半アルグって聞いたぞ)


 だが、そんな言葉を嘲笑うかのように、ヴァルサは小さな桃色の口を開けて、真珠のように歯並びの良い歯をのぞかせた。


 orayowa voz had gxafsa cu?(俺らを挑発してやがるのか、あの小娘っ)


 ざわざわと人々がざわめき始める。

 ヴァルサは重武装のイシュリナス騎士たちに背中を小突かれるようにして、前へと歩かされていた。

 裸足のままだが、平然としているように見える。

 多くの群衆は、なんと生意気なと思ったようだ。

 しかしモルグズにはわかる。

 せいぜいこの世界で一ヶ月と少しを共に過ごした程度ではあったが、濃密な関係で二人の魂は結ばれていた。

 彼女は悲鳴をあげたいのをこらえ、必死になって我慢しているのだ。

 ぎりっ、と自分の歯噛みの音が聞こえた気がした。

 なんとか、助けられないものか。

 だが、警備にはまるで隙が見当たらない。

 イシュリナス寺院の権威がかかっているだけに向こうも本気だ。

 一人でヴァルサを救出するのは、自殺行為としか思えない。

 それでも、諦めない。

 絶対に、必ず、なにか手があるはずなのだ。

 しかし粛々と、儀式……のようなものといっていいだろう……は続けられた。

 広場の中央に臨時で設けられたとおぼしき木製の壇上へと、ヴァルサが登っていく。

 その壇の後ろには、イシュリナス寺院の聖印である、剣と天秤をかたどったやはり木製の十字架のようなものが立てられていた。

 刀身が下を向いた剣の柄と、天秤が交差するあたりで後ろ手にヴァルサの手首が縛られていく。

 いままでも例の鉄製の魔術師用拘束具で両手の指が動かせないようになっていたが、これでもう魔術を使うのは完全に不可能だろう。

 青と銀とを基調とした長衣をまとった男が、彼女とともに壇上に登っていく。


 seki:r! aln reys!(聞け、皆のものよ!)


 妙に甲高い声が、明らかに不自然なほどに巨大な音と鳴って広場に響き渡った。

 群衆のなかには驚いている者もいるようだ。


 ers isxurinsma zertiga.(イシュリナスのzertigaだ)


 ers zertiga narum wons ca:rizo tsem kilno pe+sxenxe.(戦場で声を大きくするためのzertigaだな)


 なるほど、とつい感心してしまった。

 イシュリナス騎士団は軍事組織なのだから、僧侶がそうしたzertigaを使えてもおかしくはない。

 武神でもあるのだから、戦闘でも有利なzertigaをいろいろ神から与えられているのだろう。

 イシュリナス騎士団も、ある種の僧兵なようなものかもしれない。

 そこで「法力」という言葉を思い出した。

 もともとは仏教用語であり、特に密教系の僧侶たちが使った言葉のはずだ。

 いささか抹香臭い気もするが、神の力を「法力」と呼ぶのもいいかもしれない。

 「奇蹟」というにはあまりにも現世的で、俗な力のようにも思えたからだ。

 ただイシュリナス寺院からは、ある種の独善の匂いもする。

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