11 samu:r! garo:r! eto sa+gxan tavzay!(泣け! 叫べ! 汚い売女がっ!)
これが人間の所業だというのか。
正義は一体、どこにあるのだろう。
ヴェーヴィルスの街が燃えた原因の一端は、確かにヴァルサにもあるだろう。
しかしその原因となったのは、アーガロスの行いのせいではないのか。
彼女は必死になって、いままで生き延びようとしてきただけだ。
それなのに、なぜこんな目にあわねばならない。
いまだに、人々は笑っていた。
とても愉しそうだった。
純粋に笑い転げるもの。
銀貨のやり取りをしているのは、ヴァルサが意識を取り戻すかどうかで、賭けでもしていたのだろう。
なかにはパンに肉を挟んだ軽食や、麦酒を売り歩いている者までいた。
それを買って、酒と食事を愉しみながらいやらしい目で、下着の大半が破かれたヴァルサの裸身をみる男たちもいる。
aln reysi! imvana:r cod zemnariama tavzayzo! hura:r! hura:r!(みなのもの! このゼムナリアの売女を辱めろ! 笑え! 笑うのだ!)
イシュリナスの僧侶の呼びかけを聞いて、壇上でヴァルサがか細い悲鳴をあげた。
erav ned tavzay!!!(私は売女じゃないっ!!!)
一瞬の静寂の後、大爆笑が広場を揺るがせた。
u:tav van! tavzay yujuwa e+zezo era ned tavzay!(最高だ! 売女が自分を売女じゃないって言ってるぞ!)
samu:r! garo:r! eto sa+gxan tavzay!(泣け! 叫べ! 汚い売女がっ!)
自分がなにを見ているのか、モルグズにはわからなくなった。
あまりにも衝撃的な出来事が起きると、人間は現実感を喪失する。
なぜだ?
なぜ、こんなことを娯楽にできる人間が存在するするのだ?
やはりこの世界の人間は、地球の人間とは違うのか?
残酷なことに、モルグスのなかの知識が告げていた。
これは別段、珍しいことではない、と。
古代ローマでは命をかけて剣闘士たちが戦い、娯楽として見世物にされた。
世界中のさまざまな地域で、処刑は重要な娯楽だったのだ。
このセルナーダの地が、あるいはこの世界の人間が特別、おかしいというわけではない。
地球の人々も、かつては似たようなことをしていたのだ。
地域によっては、いまもしている。
古来からなにも変わっていない、人間の姿である。
ただ、いまは相手がゼムナリア信者という「絶対悪」なため、みなは普段は隠している本性を、あらわにしているだけなのだ。
呆然としていると、人々の近くに籠に小さな石をもった僧侶たちが近づいていった。
(あれは「聖なる石」、だそうだ。本当はただの石ころなんだけどね。値段は銀貨一枚。あれをゼムナリア信者に投げてあたれば、「死人の地獄」への道が遠のく、とイシュリナス騎士団は主張している)
yurfa、つまりはセルナーダ語ではないその声ならざる声に、はっとなって振り返った。
道化のような珍妙な格好をした男がいたが、誰も彼に注目する者はいない。
(人間は自分が見たいものしか見ない、だっけ? 君の世界にも賢い人間はいるものだね)
ナルハイン神の目を見て、モルグスは心臓が止まるかと思った。
その青い瞳はあまりにも透明、というよりは虚ろだった。
(警告したはずだよ。神といってもこの世界では僕の力にも限度があるからね。やはり無理してでもネスの城壁の外に、君を出しておくべきだった)
僧侶に銀貨を払った人々が、泣きじゃくるヴァルサにむかって次々に石を投げ始めた。
吐き気がしてくる。
不幸にして一つの石が頭に命中し。ヴァルサの顔が、また血にまみれていった。
それでも投擲はやむことがない。
無数の石の雨が、ヴァルサを襲った。
(ここだけじゃない。地球でも、似たようなことはよくあったらしい。西洋ヨーロッパの魔女狩り、とか……たぶん、こんな感じだったんだろうな)
神の正義を信じたものが、邪悪な魔女を一方的に断罪する。
まさにいま目にしているのと、まったく同じことを地球の人々もしていたのだ。
いや、現代日本でも似たようなものではないか。
まだ容疑者扱いで実際に犯行を行ったかどうかわからない者であっても、マスコミは犯人と決めつけ本来は無関係のはずの加害者「かもしれない」人間の家族のもとに殺到する。
自称、正義心の強い人間たちがネットにたむろしては、残虐な犯行を行った「とされている」相手を徹底的に言葉という武器で叩きのめす。
今はそれがより露骨になっているだけで、確かになに一つ、変わっていないのだ。
ここで自分は死ぬべきだ、と思った。
ヴァルサ一人で、こんな惨めな死に方をさせるわけにはいかない。
もともと前の世界では赦されざる罪を犯した自分こそが、断罪されるにふさわしい。
(さて、それはどうだろう)
ナルハインの顔がほんの少しだけ、悲しみの色を帯びたような気がしたのは見間違いだったのだろうか。
いきなり、空が黒く曇り始めた。
雷鳴が轟いてくる。
いままでにもまして突発的な天候の急変ぶりだった。
まわりで見物をしていた人々も、あわてたように広場から逃げ始める。
好機だった。
いまなら、邪魔するものはあのイシュリナスの騎士や僧侶たちだけだ。
モルグズは長剣を引き抜くと、一気に一人の騎士にむかって駆け寄っていった。
雨に気をとられていたらしい騎士が、あわてたように動き出すが、相手は鎖帷子や板金鎧という重装備である。
つまり、そう素早くは動けないのだ。
どうすればいいかは、体が知っていた。
相手が剣を引き抜くより先に、騎士の首筋めがけて長剣の切っ先を突き出していく。
これほどの鎧になると、まともに打ち合っても勝ち目はない。
とにかく、鎧の隙間の鎖帷子の部分をねらい、その奥に貫通させるしかないのだ。
幸いというべきか、鉄製の輪の一部が砕け、騎士が下に着ていた分厚い縮絨した羊毛の奥までも剣の先端は届いていた。
gaaaaaaaa!
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