9 zemga:r yuridresazo! dewdalguzo!(殺せ! 女魔術師を! 半アルグを!)
mavi:r! azi ers!(見ろ! 奴らだっ!)
周囲の人々の視線をうけて、ぞっとした。
誰が憎悪に我を忘れている。
かつて、地球にいたころ、似たような視線を幾度となく浴びたときはなんとも思わなかった。
やはりあの頃の自分は、心がどこか壊れていたのだ。
だが、この世界で人間性というものを取り戻したことで、初めて他人の怒りや憎しみを受けることが、これほど恐ろしいことだと理解できた。
もはやなにを言っても無駄だろう。
すでに人々は、まともな判断力を失っている。
あの村のときと同じだ。
まだあの頃は、こちらにむかってきた男たちを殺すことが出来た。
だが、今はどうだ?
できれば、剣を抜きたくないと考えている自分がいる。
街の人々はまったくの被害者だからだ。
言うなれば、自分たちがアーガロスという災厄をこの街に持ち込んだようなものなのである。
そして彼らはそれに巻き込まれてしまった。
もし自分たちがここにこなければ、今頃、ごく普通の日常生活を送っていただろう。
自分の愚かさに腹がたった。
以前も、似たようなことがあったのだから、もっと真剣にアーガロスのことを考えていれば、これは予測できたことだ。
とはいえ後悔している暇はない。
ここから一番近い門は、東にある。
街に入るときに使った門だが、まずはそこにたどり着くことを考えるべきだ。
morguz,,,erav rxo:bin...(モルグズ……怖いよ……)
さらにきつく、ヴァルサが抱きついてきた。
少女の胸の奥からわずかに、心臓の鼓動が感じ取れる気がする。
なにがあっても、彼女だけは守らねばならない。
そのためには自分も生き延びる必要がある。
覚悟を決めて、長剣を引き抜いた。
鉄の刀身が、火明かりをうけて禍々しい輝きを帯びる。
一瞬、人々はたじろいだようだが、すぐにこちらにむかって走りかかってきた。
我知らず舌打ちする。
すでに、恐怖よりも怒りが彼らを支配しているのだ。
群衆心理とは恐ろしいもので、素手でも人々が襲い掛かってくる。
そのとき、背後から声がヴァルサの声が聞こえてきた。
asula asula asula reidu.....
まずい。
これは、呪文の詠唱だ。
だが、恐怖にとらわれたヴァルサはもはやまともに頭が働いていないらしい。
...vi:do!
振り返ると、一人の男の髪にいきなり、火がついた。
aaaaaaaaaaaaaa.
男は土にまみれながら大地を転がり、なんとか火を消そうとしている。
最悪だった。
これで「ヴァルサが実際に魔術で人に火をつけるところを多くの街の人々が目撃してしまった」のだから。
これでは他の建物に火をつけたのがヴァルサだと、彼らが誤解してもおかしくはない。
asroyuridresa!(女火炎魔術師!)
zemga:r!(殺せ!)
zemga:r!(殺せ!)
zemga:r yuridresazo! dewdalguzo!(殺せ! 女魔術師を! 半アルグを!)
悪夢の世界に迷い込んだような気分だった。
恐怖と興奮で、体の血液を冷たいものと熱いものが交互に巡っている気がする。
地球の人間のアドレナリンに相当するものが、分泌されているのだろう。
モルグズは馬を駆けさせようとしたが、一人の男が前を遮ろうとした。
彼も激情のあまり、一時的に狂乱しているとしか思えない。
すでに抜いていた長剣を、相手に首筋めがけて横から放った。
驚くほど大量の鮮血が迸る。
なんの罪もない街の人間を殺してしまった。
仕方ないのだ、と何度も自分に言い聞かせる。
これならば、かつての死にも無感動な自分でいたほうが遥かに楽だった。
今の男にはたぶん、家族もいただろう。
恋人もいたかもしれない。
そして、かつて地球でしたことがどれほど罪深いことだったのかを、モルグスはいま、本当の意味で実感していた。
人を殺すとは、こういうことなのだ。
その家族を、恋人を、友人たちを、ともに凄まじい苦痛と悲しみの地獄へと叩き落とす。
目から涙が溢れ始めた。
忘れていた。
自分は、八人の女を殺した。
だが、それだけではない。
両親も殺害したのだ。
親切心のつもりだった。
連続殺人犯として逮捕された者の家族には、凄まじい苦しみが待っていることを「知識として」知っていたからだ。
しかし、それでもそれは、決して許されることではなかった。
こんなことなら、人の気持ちなど知るべきではなかった。
心が壊れたままで良かった。
ふいに、笑いの発作に襲われそうになる。
人の気持ち?
なんと愚かなことを考えたのだろう。
いまの自分は人間ですらない。
忌まわしい殺人と人食いを好むアルグの血が混じった、半アルグという化物なのだ。
布で口を覆ったまま、モルグズは笑い声をあげていた。
そして、泣いていた。
眼前に門が近づいてくる。
そろそろ門を閉める支度をしていたらしく、すでに両開きの頑丈そうな扉の隙間がだいぶ狭くなっていた。
危ういところで、その狭間をかいくぐる。
東の空に、駆け始めた銀の月ライカが昇っている。
愛の女神でもあるその月は、お前には誰も愛する資格などないと、なぜかこちらをあざ笑っているかのようにモルグズには見えた。
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