8 zemnariares wengo tic!(ゼムナリア信者がやったに違いないっ!)

 夕焼けとは違う、より禍々しい赤い光が空の底を照らしていた。

 なにかが燃えている、としか思えない。

 誰がこんなことをしでかしたのは、すぐにわかった。

 アーガロスだ。

 悪霊に成り果てながらも、まだこちらを追ってくる厄介な存在、としかいいようがない。

 しかも強力な火炎魔術を使うのだから、最悪だ。

 結果的にはこの街の人間まで巻き込んでしまったことになるのが、我ながら腹立たしい。

 厩の柱につながれていたsakuranabeの綱を解いた。

 他に馬がいなかったのですぐにわかったが、それにしてもやはり不細工な気がする。

 だが、馬ですら怯えていた。

 動物も、超自然の出来事には敏感らしいし、もともと騒音や火には馬は弱い。

 それはこの「馬のようなもの」でも変わらないようだ。

 まずモルグズが、続いてヴァルサが馬に乗った。

 買ってきたズボンがあるので、いままでとは違って、彼女も不自然な姿勢ではなく、きちんとまたがることができる。


 hal era mxuln fi+ku.(あそこが変な感じ)


 女性にとって重要な部分をこの言葉でも「あそこ」と表現するのが少しおかしかったが、今はそれどころではない。

 厩から路地に出る狭い通路を抜けると、いまなにが起きているのかはっきりとわかった。

 建物が幾つも激しく炎上している。

 人々は完全に混乱していた。


 ers ma:gasro!(火事だっ)


 tanju:r!(逃げろ!)


 suymia nap era cu?(suymiaはどこだ?)


 gxafs yem yas u:tunxe!(子供がまだ中にいるんだよっ)


 ers jabce!(危ないっ!)


 ova:r! to kap zamto!(諦めろ! お前も死ぬぞ!)


 やはりこの世界の「人間」も基本的に地球の人間と変わらない。

 親が子を思う気持ちも、一緒だ。

 とても見ていられない光景だが、それでも目が勝手に火災を起こした……より正確にいえばおそらくアーガロスに燃やされた……建物に釘付けになった。

 一階はなにかの店で、二階より上は住居になっているというこの街では一般的な建物だ。

 なにしろ街そのものが狭いため、建物が密集しているのですぐに隣の建物にも火は燃え移った。

 以前、この世界は地球より若干、酸素濃度が高いのではと疑ったがその可能性は高い。

 信じられないほど激しく炎が燃え盛っている。

 しかも木造の建物がほとんどなので、一度、火がつけば手がつけられない。

 また別の方角から、爆発音のようなものとともに火の手があがった。

 さらに次々に、街のあちこちで火災が発生していく。

 さすがに人々も、これがただの火事ではないと気づいたようだった。


 ers mxuln!(おかしいぞっ)


 napreys asris foy se:fle!(誰かが火をつけているのかもしれない!)


 nap ers cu?(誰が?)


 sxulv ned!(知るかっ!)


 人々の予想は、たぶんあたっている。

 だが相手は、ただの人間ではない。

 魔術師の悪霊なのだ。

 夕刻を迎え薄暗かったはずの街は、いまや至るところから燃え盛る炎で不吉に赤く照らされていた。


 mato:r!(やめろ!)


 制止を振り切って、さきほどまだ子供が中にいると言っていた女性が、炎上する建物へと飛び込んでいく。

 悪夢のような眺めだった。

 悲鳴らしいものが聞こえてきたが、すぐに静かになる。

 そのとき、三階から人形のようなものが落ちてきた。

 激しく燃え上がりながら。

 だが、人形にしては大きすぎる。

 それが子供だということを、認識したくなかった。

 大地に叩きつけられたが「運悪く」それでは死ねなかったらしく、体に火がついたまま地面を転がりまわっている。

 まわりの大人たちも、どうしていいかわからないようだ。

 他の建物からも、子供だけでなく何人もの大人たちが似たように飛び降り始めた。

 しかし、すでに火のまわりがあまりにも早すぎるため、みな人間松明のように燃え上がりながら大地に叩きつけられ、不運なものはそれでも死ねずに体をばたつかせている。

 焼死は、人間の死でも最も大きい苦痛を伴うものである。

 もはや街は焦熱地獄と化しつつあった。

 その瞬間、不自然なほどに大きな声が響き渡った。


 dewdalg ta asroyuridresa wega!!(半アルグと女火炎魔術師がやったのだ!!)


 そのしゃがれた声には聞き覚えがある。

 アーガロスだ。


 jen reys ta rxafsa ya: sxupsefma chagfenxe hayiis i+sxule.zertos zemnariazo.(いま、男と少女が馬に乗って宿の近くにいる.奴らはゼムナリアを信仰しているのだ)


 人々は謎の声に驚き、次にゼムナリアの名を聞いて恐怖したが、しだいにその顔が怒りに歪められていった。


 zemnarisres!


 今の言葉はゼムナリア人、ではなくゼムナリア信者を意味しているのだろう。


 zemnariares zemgas reysizo!(ゼムナリア信者は人々を殺す!)


 zemnariares wengo tic!(ゼムナリア信者がやったに違いないっ!)

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