7 ers ned ku+sin narha.ers narhain zeros.(やつはただの馬鹿じゃない。ナルハイン神なんだ)

 不気味な森だ、と思ったことはあるがまさにそこまで危険な場所だとは想像もしていなかった。

 よくあんなところにアーガロスは住んでいたものだ。

 あるいは、逆かもしれない。

 アーガロスがあの塔に住んでいたのは「人里離れた、まともな人間なら足を踏み入れたがらないような場所だから」ということも考えられる。

 村の人間がアーガロスをどのように見ていたか、少し理解できた。

 アーガロスは、非常に恐ろしい魔術師だと村の住民は認識していたはずだ。

 だが、それでも彼らはアーガロスを受け入れざるをえなかった。

 なぜなら、アーガロスはかなり強力な攻撃魔術を使うことが出来たからだ。

 魔獣が住まうアスヴィンの森のそばであれば、ときおり人を狙う魔獣が村を襲撃してきてもおかしくはない。

 おそらく、いままではそのたびにアーガロスが魔獣を撃退していたのだろう。

 かなり遠くまで飛ばせる火の玉のようなものを、アーガロスの悪霊は使っていた。

 あれですら、彼にとってはさほど難しいものではなかったのかもしれない。

 魔術を使う獣たちでさえ、アーガロスは危険だ、と感じたとしたら、あの村に近寄ることを避けたはずだ。

 つまり、村人たちとアーガロスの利益は見事に一致していたのである。

 あの忌まわしい魔術師からすれば、さまざまなおぞましい儀式を執り行うことができる。

 村人たちはそれを領主に告げたりせずに黙認し、そのかわりにアーガロスの庇護を受けることになる。

 あるいは領主すらも、アーガロスには迂闊には手を出せなかったのかもしれない。

 その結果、彼は三人の生贄を死の女神に捧げ……そしてこの自分が、モルグズの魂が地球から召喚されたのだ。

 いまににしてみれば死の女神の言葉もすべて、理解できる。

 吝嗇だ、と女神はアーガロスを評していた。

 彼女からすればわずか三人の人の命など、とるにたらないものなのだろう。

 あるいは塔での自分の行動も、死の女神の計算にとっくに入っていたのかもしれない。

 アーガロスが不用意すぎたのも、女神がなんからの形で地上に介入していたから、ということもありうるのだ。

 嫌な気分になってきた。

 女神の掌の上で踊らされていた、ということかもしれない。

 一体、この世界での神々とはなんなのだろう。

 さきほど接触してきた、道化の神ナルハインのことを思い出す。

 死の女神が警戒するくらいだから、あの神もやはりなにかに自分を利用しようとしているのかもしれない。

 まるでチェスや将棋の駒にでもされているようだ。

 ヴァルサに余計な心配をかけさせたくないので黙っていたが、ここは事情を正直に告げたほうが良さそうだ。


 varsa,omoto li had narhazo cu?(ヴァルサ、あのnarhaを覚えているか?)


 omova del! erav ned narha!(覚えてるわよ! 私は馬鹿じゃないんだから!)


 ers ned ku+sin narha.ers narhain zeros.(やつはただの馬鹿じゃない。ナルハイン神なんだ)


 ha??


 しばしヴァルサは呆然としていた。


 ayoyi:r ned! aboto erav narha cu?(ayoyirするな! 私を馬鹿だと思ってるの?)


 命令形の否定文だから、かなりきつい口調だ。

 ayoyirの意味は不明だが、ふざけるとか、そういうたぐいの言葉だろう。

 ヴァルサの顔が怒りで真っ赤になった。


 aboto ayoyiv tufazo cu?(俺がお前をayoyirしてると思うか?)


 また、少女の顔が青ざめた。


 wam vekav had narha ers narhain?(なんであの馬鹿がナルハインだってわかるの?)


 kaksi ers dozgin.gow yatmiv ned.(説明は難しい。けど間違ってない)


 ヴァルサはあっけにとられていたようだが、ゆっくりと口を開いた。


 sxalva zerosi vasos reysuma ames tus.now ers mig bazce.(神々が人の姿でvasosのは知っている。でもそれはとても珍しい)


 やはりvasosは「現れる」のような意味であっているようだ、とぼんやりと思った。


 ers foy mig bazce reysuma tarmas vos ti+juce yudnikpo.(別の世界から人の魂がくるのも珍しいだろう)


 ...ers foy.(かもしれない)


 金髪の少女はうなずいた。


 narhain wob fafato cu?(ナルハインはなにを考えているの?)


 それはこちらが聞きたいことだ。

 ヴァルサにも見当がつきかねているようだった。

 世間知らずの魔術師の少女と、異世界からきた人間の魂を持つ半アルグとでは、こんな異常過ぎる事態には対処するのも限界がある。

 しかし、いまは誰一人として頼れる状況ではなかった。

 いつのまにか、あたりはだいぶ暗くなっている。

 ふいに厭な予感がした。

 直感としかいいようのない感覚だ。


 vomov nedi:r sxupsefpo.(宿を出るぞ)


 なにかが妙なことをヴァルサも感じ取ったらしい。

 魔術師というのは、第六感的なものが強い可能性がある。

 すぐに支度を終えると、二人は薄暗い急な階段を下って外に出た。

 旅籠の横には、昨夜は気づかなかったが細い道があり、奥からはかなりきつい獣の匂いがする。

 どうやら宿の裏手に厩があるらしい。

 その細い道の先から、馬のいななきのようなものが聞こえてきた。

 次の瞬間、凄まじい轟音が街の大気をびりびりと震わせた。

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