13 pasoto vacho cu?(私と遊ぶ?)
sxupsefで旅籠、宿屋を意味する。
しかしその名が「安易な気がする」のは気の所為だろうか。
sxupというのは、眠るの語根のようなものらしい。
語根は、ある単語の基盤となる部分だ。
しかし、セルナーダ語にはそのあとに-sefとつけて「建物」という表現をすることが多すぎる。
いまのyurfa、つまりセルナーダ語の成立過程では、ある種の人工的な要素が働いていたのではないだろうか。
モルグズの考える限りでは、ネルサティア語が先住民の言葉と混ざり合って出来たのが今のセルナーダ語である。
これは一種のピジン語からクレオール語になった、という考え方もできるかもしれない。
簡単にいえば、複数の言語が混じり合い、その結果、新しい言葉になったということだ。
今のyurfa、セルナーダ語も似たようなことが言える。
もとのネルサティア語が、先住民の言語と交わりまったく別の言語となったのだ。
問題は単語の変化だった。
ひょっとすると、先住民は膠着語を使うので、もとのネルサティア語を自分たちが使いやすいようにした可能性がある。
たとえばsxupsefの場合、眠りを意味するsxupと、建物を意味する-sefを勝手にくっつけてしまったかもしれないのだ。
先住民の言葉の膠着性、つまりにかわをくっつけるような要素が強ければ、これはありえないとは言い切れない。
そうして出来た単語が、いまのセルナーダ語でも受け継がれていることも……。
しかし、よくよく考えればこの仮説にはいろいろと無理がある。
一般的に、ピジン語、さらにそれが進んで母語話者が生まれるようになったクレオール語には独自の特徴がある。
文法などが単純化し、語形の変化が失われていることが多いのだ。
セルナーダ語は、明らかに違う。
面倒な動詞の活用というネルサティア語的な要素も残っているし、名詞の格変化は先住民系の膠着語的なものに変化したとはいえ、立派に存在している。
日本語の単語でも、セルナーダ語と似たような形を持つものは多い。
たとえば商店の種類などはその典型だ。
魚屋。服屋。酒屋。肉屋。菓子屋。米屋。金物屋。花屋。
あげていけばきりがない。
これらはまず扱っている商品の名前が語頭につき、次に店であることを意味する「屋」が後ろにつく。
いかにも膠着語的ではあるが、日本語は典型的な膠着語なのだから当然だ。
確かに元の単語が先住民風のものに変わったことはありえるが、こればかりはネルサティア語と先住民の単語を比較しなければどうしようもない。
ただ、ピジン語からクレオール語に変化していった、という単純なものではないことだけは明らかだ。
そんなモルグズをよそに、ライカの月明かりに照らされた路地をきょろきょろと物珍しそうにヴァルサは見ていた。
まったく、お上りさんもいいところだ。
よくみると、建物の前には金属製の看板らしいものが扉の上から突き出されていることが多かった。
金槌、水瓶、マグらしきもの、衣服、寝台といったものを図案化している。
文字が彫り込まれていることも珍しくはなかった。
unasama ma+du.(ウナサの服)
baliusma asmot.(バリウスの武器)
dewisma gar(デウィスの防具)
lakfe resarima mxo+go(美女たちのmxo+go)
mxo+goは動詞mxogor「集まる、集める」の名詞形だが、その意味は集まり、集い、集会、集合などといろいろある。
一瞬、なんのことかと思ったが、店の前に立っている赤く染色された、派手なドレスらしいものを着ている女性を見て、正体を理解した。
ここは娼館だ。
女は微笑むと言った。
pasoto vacho cu?(私と遊ぶ?)
pasosは子供が好きなことをする、という意味だったはずだが、こういうときにも使われるらしい
股間に血液が集中するのを感じたが、いきなり脇腹をヴァルサに肘で小突かれた。
farsava sav sxupsefle.(旅籠に急ごう)
いささか名残惜しかったが、まさかヴァルサを連れて娼館に入るわけにもいかない。
後ろ髪をひかれる想いとは昔の日本人もよく言ったものだと考えていると、一つの建物をヴァルサが指差した。
katigav colle!(ここに決めた)
看板にはこう書かれていた。
elnusewfuma ve+ta sxupsef(elnusewfの踊り旅籠)
elnは白い、sewfは鳥だからさしずめ「白鳥の踊り亭」とでも訳すべきか。
優雅に舞う白鳥に似た鳥の図案が寝台の隣に彫り込まれていたが、馬のことを考えるとこの「白鳥」も実際にはどんな鳥かしれたものではない。
どうやらここは街道筋というわけでもないらしく、それほど旅籠はないようだ。
扉を、ヴァルサがおそるおそるといった感じで開けた。
眩いような光が目を刺激する。
蝶番が扉にはちゃんと使われていた。
このあたりも、農村との違いを感じる。
ある程度は予想していたが、建物のなかはかなりやかましかった。
しかも照明は、おそらく魔術を用いている。
都市部のこうした店では、魔術による照明は一般的なのかもしれない。
一階は食堂になっているようで、結構、人が入っている。
おそらくは客の数は十人ほどだろうか。
卓上に並べられている料理には、肉料理などがあった。
さらには、酒らしいものをマグで男たちが飲んでいる。
一人だけ、他の連中と少し距離を取っている中年男を見てはっとなった。
肌が茶色い。
嫌そうにヴァルサが顔をしかめた。
たぶん、あれがグルディア人だ。
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