14 sxupitma la:pon ya: cu?(寝室のla:ponはある?)

 o+doli?


 丸顔の、頭が禿げ上がった小太りの男がこちらに近づいてきた。

 革の前掛けをしている。


 vo erv o+doli.(私たちはo+doliよ)


 ヴァルサが答えた。

 この状況から考えて、o+dolは「客」というようだ。

 複数なのでo+doliになっているが。

 小太りの男は、どうやらこの旅籠の主人らしい。

 客商売のわりには、愛想が悪い。

 だが、すぐにそれだけが冷たい態度の原因ではないことに気づいた。

 傍からみれば、自分たちは相当、おかしな存在なのではないだろうか。

 なにしろ口を布で巻いた男に、魔術師らしい長衣を着た、まだ成人も迎えていない少女という組み合わせなのだ。


 sxupitma la:pon ya: cu?(寝室のla:ponはある?)


 ヴァルサがなにを言っているのか、しばし頭がついていかなかった。

 la:ponとは「空間」を意味する言葉だと覚えていたからだ。

 だが、それが間違っていることに気づいた。

 この単語は空間の他にも、なにかが空いている状態も意味するらしい。

 つまりヴァルサは「寝室の空きはあるか」と質問しているのだ。


 uum.(うーん)


 主人が渋い顔をした。

 気持ちは理解できる。

 彼はたぶん、この得体の知れない二人組を泊めたくないのだ。

 魔術師がいやなのかもしれないし、モルグズの風体と腰の剣を見て危険人物の可能性を想定したのだろう。

 しかし、ヴァルサが金貨を取り出した途端に、主人の顔色は変わった。

 まさに満面の笑み、といった感じだ。


 la:pon sxupit melrum ya:.wob solfma patca oyato colnxe cu?.(もちろん空き寝室はある。ここに泊まる日の数はなんだ?)


 直訳すると、頭が痛くなってくるような表現だ。

 元日本人として、空き部屋ならわかるが「空き寝室」だし「ここに泊まる日の数はなんだ」というのも、いまだに慣れない。

 しかし、これは日本語とは別の言語なのだから諦めるしかない。


 yem kativa ned.(まだ決めてない)


 mende era ned.to oyato ci u:tav van sxupitnxe.solfma malsas ers dew laykia.ma:su era ti+juce malsas.(問題ない。あなたたちは最も良い寝室に泊まれる。一日の値段は二laykia.食事は別の値段だ)


 ers van,gow vom i+sxu yas.(それはよい。でも、私たちの馬がいる)


 sxupsefma reys fayus i+sxuzo i+sxugojle.(旅籠の者が馬をi+sxugojに入れる)


 i+sxugojは厩、のようなものだろう。

 ここでは-sefではなく-gojという別の語尾が使われているから、建物はなんでも-sefで終わる、というものでもないらしい。

 それはともかく、どうやら話がまとまったようだ。


 vomov vomorti:r.(私についてきてくれ)


 そう言うと、店の主人はひどく急な狭く暗い階段を登り始めた。

 ヴァルサとモルグズも後に続く。

 ただ、すでにモルグズは何人かの男たちがこちらをじろじろと無遠慮な目で見ていることに気づいていた。

 確か金貨は、人一人が二十日は暮らすことができたはずだ。

 現代日本との物価の比較はいろいろと難しいが、だいたい十万円以上の価値はある、と見ていいだろう。

 そんなものを、貧しい身なりの少女が当たり前のように宿代に使うのは、かなり不自然だ。

 あとで注意しておく必要がある。

 ヴァルサは金貨の価値の重さに、気づいていないかもしれない。

 それが面倒を引き起こす可能性は十分に考えられた。

 yurfaの単語で、いまのところ単音節の動詞はモルグズは三つしか知らない。

 だいたい動詞は二音節、もしくは三音節を使っているのだが、単音節の単語は日常的に用いるものと考えるのが自然だ。

 しょっちゅうすることを多くの音節で表現するのは、効率が悪いからだ。

 単音節の動詞の一つはpxarで、これは「小便をする」という意味だ。

 そして二つ目はyer.「いる、ある」となる。

 問題は三つ目のgir、つまり「盗む」である。

 セルナーダでは、盗みはごく当たり前のことかもしれない。


 col era.(ここだ)


 宿の主人は、これまた狭い廊下を通ると、一つの扉の前でとまった。

 木製だが頑丈な作りの扉で、一部を鉄とおぼしき金属により強化している。

 もちろん、蝶番が用いられている。

 そのとき、モルグズははっとなった。

 蝶番を止めているのは、たぶんネジだ。

 ネジを凝視するモルグズを見て主人が胡乱げな顔をした。

 ゆっくりと、扉を開ける。

 部屋のなかには、さらに驚くべきものがあった。

 大きな二人用の寝台には、亜麻とおぼしきシーツが敷かれている。

 他には調度らしいものはないが、主人が自慢げに言った。


 vomov mavi:r.(見てくれ)


 言われずとも、「それ」にモルグズは釘付けになっていた。

 街路に面した窓には、丸い透明なものが幾つも嵌め込まれていたのだ。

 その隙間は鈍い色の金属で固定されている。


 had wob ers cu?(あれはなんだ?)


 主人が苦笑すると言った。


 had ers pa:lasewfay.(あれはpa:lasewfayだ)

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