9 ega:r ned! zamto fog ned nxal.(動くな! 死にたくないならな)

 馬首をめぐらす、という日本語があるが実際には簡単なことではない。

 手綱をひいても、なかなかsakuranabeは反応しなかった。

 なかば強引にさらにきつく手綱を引くと、ほとんど自暴自棄になったように速度を落とし、のろのろと後ろを向いていく。

 やはりこのセルナーダの地の馬は、地球のものとはだいぶ違う。

 たぶん、彼らは群居性の雑食動物だが、かつて肉食だった時代の群れのなかでの順位を決める本能が残っているのかもしれない。

 つまり、この世界の馬はより強いものに従うのだ。

 何代も品種改良は続けたのだろうが、地球の馬よりも乗りこなしづらかったかもしれない。

 純粋な草食獣は警戒心の塊のようなものなので、むしろ逆なのか。

 とはいえ、いまはのんびりとそんなことを思案しているどころではなかった。

 いつのまにか、かなりの近距離まで相手は迫っていた。

 数は三騎だ。

 騎馬はsakaranabeよりは明らかに馬格も良く、精悍な顔つきをしているように思えた。

 その上に乗っている男たちは、それぞれ金属製の兜をかぶり、胸のあたりに固い革鎧を胸当てのように身につけている。

 比較的、軽装だ。

 槍を持っているという話だったが、いまは腰に刃渡り二エフテ、つまり六十センチほどの長さの小剣を佩いているだけである。


 zemgete reysizo cu?(お前が人々を殺したのか?)


 az ers!(彼だ!)


 kalis we:nazo cafle! yatmi era ned!(顔に布を巻いている! 間違いはない!)


 yatmiは「間違い」なのでこの用法は日本語と似たようなものかと考えながら、剣を引き抜いた。


 minjabi:r!


 初めて聞く単語が出てきた。

 もし意味がわかればこれからの相手の行動を予測できるのだが、言葉がわからないと戦闘ですら不利になる。

 それから、戦況は膠着状態に陥った。

 向うも、こちらも、動かない馬の上で武器を構え、睨み合うという状態だ。

 ただ、sakuranabeは怯えているようにも思えた。

 やはり彼らは地球の狼のように、群れのなかでの序列が定まっている種なのだろう。

 そして馬の主人は「上位の個体」と判断しているに違いない。

 それでもこういうときは、馬同士で互いの強弱をはかっているようだ。

 迂闊に動けない。

 なにしろこちらには、ヴァルサがいる。

 まったくのお荷物だ。

 とはいえ、自分の命と同じくらい、あるいはそれ以上に大事な命ではあるが。

 だが、ヴァルサが横乗りのまま、首を敵にむけると、指でなにやら印のようなものを虚空に描き出した。

 同時に、呪文と思しきものが聞こえてくる。


 asula asula asula asula asula isiusu vi:do!


 その瞬間、いきなり一頭の馬のたてがみのあたりに、火がついた。

 凄まじい、咆哮のようないななきとともに馬が前足をあげ、棹立ちになる。

 突然の出来事に対処できなかったらしく、一人の男が落馬した。


 asroyuridus ers!(火炎魔術だっ!)


 o:zura!(嘘だろっ!)


 敵兵だけでなく、他の馬にも恐怖は感染していった。

 兵士は魔術を恐れている。

 そして、馬は炎を恐れている。

 sakuranabeもいななきをあげたが、即座にモルグズは凄まじい殺気を馬にむかって叩きつけた。


 zemgato re fog cu!(殺されたいかっ!)


 途端に、sakuranabeの動きが硬直した。

 火をつけられて恐慌状態に陥った馬は、そのまま道を外れて草の茂ったあたりへとわけもわからず逃げていった。

 残る二頭は主人と思惑が一致したらしく、馬首をめぐらせてもと来た方角へと一目散に走り去っていく。

 戦闘は、意外な結末を迎えた。


 haha,gow had i+sxu ers budnece.(はは、でもあの馬はbudnece)


 budneceは知らない単語だが、状況を考えればだいたいの意味はわかる。

 後ろに-ceがついているので「かわいそう」というような形容詞だろう。


 eto go+defe.(お前、すごいな)


 ya:ya.erav go+defe.(そうよ、私、すごいんだから)


 あまり調子にのるなよ、と言ってやりたかったが言い方がわからない。

 それよりも、今は優先すべことがある。

 落馬した兵士は、まだ生きているのだ。

 ただ腰を強打したのか、あるいは腰がぬけているのか、這うようにしてこちらから逃げようとしている。

 モルグズは馬から降りると、長剣を相手の首筋に近づけて叫んだ。


 ega:r ned! zamto fog ned nxal.(動くな! 死にたくないならな)


 zemnor、「死ぬ」は不規則動詞なので活用が間違っているかと一瞬、不安になったがどうやらあっていたらしい。

 もっとも、こんな状況では多少、おかしな言葉や言い回しをされても、全体としての意味は伝わるだろうが。


 vomov zemga:r ned!(殺さないでくれっ)


 vomov、というかヴァルサは女なのでvomovaだが、命令形の前に「望む」という表現で口調を和らげる表現は、どうやらわりと一般的らしい。

 実はあれはヴァルサだけの口癖かもしれない、とひそかに疑っていたのだが。

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