10 ti+juce sxumreys tudas ci tuz tukov colnxe cu?(別の領主は俺がここで犯した罪で捕まえることはできるか?)

 jenmiv fog tel.nap tudas voz nediv cod sxumsatpo nxal cu?(お前に尋ねたい。俺たちがこの領地から出たら誰が俺たちを捕まえるんだ?)


 vekav ned.....(わからない……)


 zemto fog cu?(死にたいのか?)


 ne+do!(厭だっ!)


 続けて、兵士は話を続けた。


 ilmosum hasos foy.(ilmosum起きるかもしれない)


 直訳するとそういうことになるが、ilmosumの意味がよくわからない。

 あるいはこの語には「たくさん、いろいろ」といった意味合いも含まれているのかもしれない。

 だとしたら「いろいろ起きるかもしれない」と解釈できる。

 日本語なら「ありえる」、つまり「ある、いる」を意味する動詞yerを活用させ、そこに可能を意味するciをつけたいところだが、例によって言い回しが違うようだ。


 ti+juce sxumreys tudas voy tuz tukoto nxal jolnxe.(お前たちがそこで罪を犯せば別の領主がお前たちを捕まえるかもしれない)


重要なのは「もしそこで罪を犯せば」と男が言っている点だ。

 これは「領主の司法権はその領内にしか及ばない」という意味にしか思えない。

 確認するために改めて訊ねた。


 ti+juce sxumreys tudas ci tuz tukov colnxe cu?(別の領主は俺がここで犯した罪で捕まえることはできるか?)


 tudas ci ned.(出来ない)


 どこか言葉にいぶかしむような響きがあるのは、なにを今更、そんな当たり前のことを聞いているんだ、といった感じだ。

 なるほど、理解できた。

 やはりこの世界では、領主ごとに司法権は別々で、他の領内に逃げ込めばその土地の領主は犯罪者を捕まえられないのである。

 このあたりは江戸時代の日本と似ている。

 徳川幕府が諸藩をまとめていたとはいえ、ある藩で罪を犯したものが別の藩にいたとしてもその藩主は罪人として捕えることはない。

 だからわざわざ「仇討ち」という制度が生まれたのだ。

 これはつまり「よそに逃げたものは被害者の親族が自分で復讐しろ」ということである。

 実際、中世ヨーロッパでも家族を殺された者が犯人を追いかけて復讐する、ということはあったらしい。

 面白いことに、そういう犯罪者を匿う「アジール」と呼ばれる一種の安全地帯のようなものまで、存在したほどだ。

 結局、あまり領主の力はあてにならず自分たちでどうにかする、というのが前近代的な社会での司法といってもいい。

 だが、男が続けた言葉に、モルグズは体を硬直させた。


 gow isxurinas i+sxuresbu:ro yas.tudas ci tu+koreszo.avas jod na:gszo.(だがisxurinas i+sxuresbu:ro がいる。彼らは罪人を捕えることができる。その権利を持つ)


 isxurinas i+sxuresbu:roとはこれまた長い名前だが「イシュリナス騎士団」と訳せる。

 i+sxuresは騎士、bu:roは「団体」のような意味だ。

 そういえば、イシュリナスは正義の神だったはずである。

 思わず舌打ちした。

 正義はva:nisという。

 良い、を意味するvanと似ている。

 かつてva:nisがなにかヴァルサに聞くと、彼女は誰かが物を盗むところ、その犯人が別の人間にやっつけられるところ、そして周囲の者たちが喝采をあびせる場面まで熱演した。

 vanという言葉の印象ともあわさり、「正義、善」のようなものだと思ったのだ。

 英語にjusticeという単語がある。

 これも普通は「正義」と訳されるが日本語の正義とはいささかニュアンスが異なる。

 justiceはjudgementなどとも関連する言葉で「裁き」というのが本来の意味に近い。

 ずばり「裁判」という意味もあるし、公正、正当、司法、処罰などもjusticeと呼ばれる。

 日本語では「正義」は「善」に似た意味が含まれているがjustticeにはそんな含みはまったくない。

 義というのは中華文明から伝わった概念だが、おそらく正義は明治維新後に、西洋の概念を日本語に翻訳する際に大量につくられた言葉の一つだろう。

 その意味がいつのまか日本語では変化した。

 ただ、vanと似ているのはただの偶然とも思えないので、セルナーダ語のva:nisは裁き、善、両方とも意味しているのかもしれない。

 まさか、イシュリナスという神に仕えると思しき騎士たちが、独自の司法権を有しているとは思わなかった。

 だが、この国は名前がそもそもイシュリナシア、なのである。

 宗教国家かもしれないし、あるいは王権と強い結びつきがあることも考えられる。


 isxurinasma i+sxures ers go+defe.ers go+zun ta zereys tenas zertigazo.(イシュリナスの騎士はすごいぞ。強いし、僧侶はzertigaを使う)


 背筋に厭な感覚が走った。

 この世界を甘く見ていたのかもしれない。

 騎士というからにはそれなりの武装はしているだろうし、しかも僧侶まで混じっているようだ。

 これから、そんな相手から逃げなければならないというのか。

 さらにいえば、アーガロスの悪霊もいるし、あるいはユリディン寺院もなにか仕掛けてくるかもしれないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る