16 varsa,ma+vi fog tom yuriduszo.(ヴァルサ、俺はお前の魔術を見たい)
しかし、いま問題にしているのはそこではない。
次のVやFは、唇歯音と呼ばれている。
これは上唇と下の歯を軽くあて、こするようにして出す音だ。
有声ならV、無声ならFである。
ただ厳密にいうと、Fにもさらに種類があり、唇の隙間から音をだすタイプも存在する。
実はいままでモルグズもその音でFを発音していたのだが、ヴァルサは気づいた様子はなかった。
もともとよく似た音なので、彼女も区別できなかったのだろう。
そして、次のN、D、Tだが、これらは歯茎音であり、名前の通り、上の歯の付け根に舌先をあてて音を出す。
鼻からも音をだせばN、そうでない有声音はD、無声音ならTとなる。
こうした音を出す場所のことは調音部位、調音点などと呼ばれる。
それからも子音の発声は続いたが、予想したとおり、調音部位が口の前から後ろへと移動していった。
すべての子音を一応、発声した結果、セルナーダ語で使われる音はだいたい理解した。
母音 A,E,I,O,U。
半母音 Y,W。
子音 B,C,D,F,G,H,J,K,L,M,N,P,R,S,T,V,Z。
半母音とは、母音に近い音で長時間、発音を続ければ母音になる音だ。
それでも疑問は残る。
一体、この世界はどうなっているのだろう。
人類の歴史上、本格的に言語学の研究が始まったのは十九世紀に入ってからだ。
その頃から音声学などとともに言語で使われる音についてさまざまな研究が進められ、現代にいたる。
なのに、この世界ではすでに、少なくとも言語の音に関しては、地球の言語学に匹敵する知識が存在する、ということになるのではないか。
wob ers cu?
不安げな顔をしてヴァルサがこちらに尋ねてくる。
mende era ned.
「問題ない」
便利な言葉、だと思う。
ふと頁の一番、下に書かれている文字らしきものの一つが、目についた。
ラテン文字……英語など多くのヨーロッパの言語で使っている文字だ……のXに似ている。
cod wob ers cu?(これはなんだ?)
ers ned jis.(字じゃない)
ヴァルサはまずSの字を指差すと、続いてXのようなものをなぞって声を出した。
sxa.
日本語の「シャ」と似たように聞こえる。
そこで納得した。
これは前に置かれた子音を口蓋化音にする、という記号なのだ。
日本語の「シャ、シュ、ショ」なども口蓋化音である。
発声をするとき、Iを発音するときと同じように舌を口蓋、つまり口腔の上の部分に近づけた音が口蓋化音と呼ばれる。
特にロシア語などでは、軟音とも呼ばれ、非常に他用される音だ。
ロシア語を含むスラブ語派では全体の音そのものが口蓋化してない硬音と軟音の二系統に分けられるほどである。
ターニャ、ソーニャなどの女性の名前の愛称の他にもロシア語の単語では至るところに口蓋化音が登場する。
日本語では「ニェット」と聞こえる否定を意味する単語も、口蓋化音を用いている。
ただ、セルナーダ語ではロシア語ほど頻繁にこの音は使わないようだった。
だが、まだ記号はこれで終わりではないようだ。
Xの隣には:のような記号が書かれていた。
ヴァルサがAと:を交互に指で示す。
aa.
なるほど、これは長母音の記号らしい。
セルナーダ語の母音は、長さで二種類あることにはとっくに気づいていた。
aとaaだ。
短母音と長母音だとモルグズはみなしていた。日本語でも「ア」と「アー」の二種類があるのでわかりやすい。
最後に残ったのは、+のような記号だった。
少女がAとT、そして+を順番に指さしてから、再び声を出す。
atta.
完全に日本語の「アッタ」と同じ音だ。
鍵になるのは、Tと+である。
続いて、ヴァルサがIとD、そして+を指先で順番に触れると、こちらを試すように言った。
vomova yuju:r.(私は望む、言え)
vomovaはひょっとすると、命令形を和らげるための意味合いがあるのかもしれない。
i+di.
モルグスは言った。
「イッディ」とそのまま日本語でも発音できる。
eto mig van!(あなたはとても良い)
これは長子音のための記号だろう。
日本語では促音と呼ばれる、小さな「ッ」の音だが、イタリア語やフィンランド語にも似たような音がある。
しかし、いまだに疑問は残る。
なぜこの世界では、少なくとも音に関しては地球と同じほどに言語の研究が進んでいるのだろう。
そこで、思い出した。
ここが魔術のある世界だということに。
魔術といえば「呪文を唱える」のが定番だ。
varsa,ma+vi fog tom yuriduszo.(ヴァルサ、俺はお前の魔術を見たい)
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