第二章 dewdalg ta maghxu:dil(半アルグと悪霊)

1 yuridusma va+bis(魔術の衝撃)

 すでにあたりは薄暗くなり始めていた。

 窓から入り込む陽光が、茜色に近くなっている。

 夕方の頃の光がこの手の色合いになるという点は、地球とは違わないようだ。

 ヴァルサは、緊張しているようだった。

 桃色の唇を、固く引き結んでいる。

 かつて夢のようなもので見た死の女神は言っていた。

 ヴァルサは魔術師の弟子で、多少の魔術なら使えると。

 あの死の女神の正体はいまだによくわからないが、言語の壁を越えて意思疎通をはかれた時点でかなり強大な存在なのだろうとは考えている。


 teminum mavto fog vam yuriduszo cu?(teminum あなたは私の魔術をみたい?)


 見る、という単語がmavs,mavtoなどと活用をしているが、teminumを除けばだいたいお互いに意味は伝わっているようだ。

 真剣な表情でモルグズはうなずいた。

 ある意味では、いままで魔術というものの存在からどこかで逃げていた。

 すでにここが異世界だとわかっていても、現実の魔術が使われるところを見たら、自分のなかのなにかが崩壊してしまう気がしたのである。

 だが、見習いとはいえヴァルサもまた魔術師なのだ。

 「現実の彼女」とそろそろ向き合う必要がある。


 vekeva.(わかった)


 しばらく、ヴァルサは何度か深呼吸をしていたが、やがて指で虚空になにかの印のようなものを描きながら、唇から言葉を紡ぎ出していった。


 so:la ma:ku vi:do.


 いままで学んだセルナーダ語と似ているようでいて、どこか違う響きの言葉だ。

 次の瞬間、ヴァルサの目の前に、淡い輝きが生じた。

 まったくなにもない薄暮の空間に、突如、光が生じたのである。

 頭が痺れたようになった。

 理屈ではわかっていたが、やはりヴァルサは魔術という超常の技の使い手なのだ。

 単に明るくなっただけだ。

 いろいろと便利なものではないか。

 自分にそう言い聞かせようとしたが、予想以上にモルグズは衝撃をうけていた。


 ers mig van...(とても良い……)


 口ではそう言ったが、我ながら口調がぎこちない。

 一体、このエネルギーはどこから出現したのだろう。

 熱は感じないので、ほぼ光になっているようだが、その源は地球の最新科学でも説明はつかないだろう。


 cod ers yuridus.(これが、魔術)


 ヴァルサはひきつったように笑った。


 rxobito vaz? tom caf era za:ce.(あなたは私をrxobito? あなたの顔が悪い)


 rxobitoの意味は、文脈でなんとなくわかる。

 恐れる、恐怖する。

 そんな意味合いだろう。


 ers ned.


 嘘だった。

 彼女はただ、ちょっとあたりを明るくして照明のようにしただけだ。

 非常に魔術というのは有用だ、と思う。

 それなのに、本能的なものがこの力を拒絶しているのだ。

 あるいはそれは魔術のない世界の人間に特有なものかもしれない。


 mende era ned.(問題ない)


 すると、困ったような、だがわずかに哀しみの混じった目をしてヴァルサが言った。


 atmava.


 その意味がわからないのが、これほどきついとは思わなかった。

 あたりがかなり明るくなって、文字も読みやすくなった。

 ただそれだけのことなのに、なにを恐れることがあるのだろう。

 

 jensolfuma voksu fowuga!(今日の勉強は終わった!)


 その声は明るかった。

 そしてまるで彼女が無から生み出した明かりのように、どこか哀しげだった。


 rxewova zev.(私は調理をしなくてはならない)


 zevというのが動詞の後ろにつく場合、「なにかをせねばならない」という義務的な意味になることはもう知っている。

 副詞か助動詞か、言語学者ならそんなことを真剣に考えるのかもしれないが、いまのモルグズは少女の小さな背中を、ただ見送っていた。

 失敗した、かもしれない。

 考えてみれば、今日はいろいろなことがありすぎたのだ。

 アーガロスを殺し、自由になり、初めて外に出た。

 そこで外界の不可思議なものを幾つか発見した。

 それから一応、水浴びをして服を着替え、文字を習った。

 だが、やはりヴァルサに魔術を使わせたのは失敗だった、と思う。

 魔術師。

 地球には存在しない存在。

 彼らはそもそも、この世界でもどのように受けいれられているかわからない。

 もしこれが地球であれば、どうなるだろう。

 ある程度の想像はつく。

 人々は恐慌をきたし、魔術師たちを迫害するだろう。

 たとえばまったく無害な、今も輝いている明かりを生み出すだけの力ならまだ良い。

 しかし、アーガロスは三人の生贄を捧げ、死の女神に異世界の知識を求めるという、恐ろしい所業に手を染めたのだ。

 その結果、自分がこの世界に呼ばれた。

 これほどの強大な力をもつ存在であれば、他者に危害を加える魔術など、楽々と行使できそうに思える。

 わからないのはそこだ。

 この世界の人々は、魔術師とどうつきあっているのか。

 共存共栄、というのは正直、考えが甘いだろう。

 モルグズが考える限り、魔術師が一般人を支配するか、その逆か、としか思えない。

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