4 zemnoma zerosa(死の女神)
vis ers morguz.
気がつくと、そんな言葉が勝手に口から出ていた。
モルグズ。俺はモルグズだ。
どういうわけか、それが自分にひどくふさわしい名前のように思えたのである。
tom marna era morguz cu?
ヴァルサの問いにうなずくと、彼女はひどく複雑な表情を浮かべた。
戸惑い、恐怖といったものがわずかだが感じ取れる。
なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。
気まずい空気に耐えきれなくなったように、ヴァルサがまた桃色の唇を開いた。
lepnxava.lagt vava.
彼女はくるりと踵を返すと、扉にむかって小走りに走っていった。
木製の扉がきしみながら開けられ、そして閉じられる。
外で、なにか重い音がしたのは、閂でもかけたのかもしれない。
改めて彼、すなわち自らをとりあえずモルグズと名付けた男はため息をついた。
一体、この状況はなんなのだろう。
食事をすませたことで腹ごなしに考えをまとめてみた。
まず、自分はどうやらかつて地球にいたらしいが、ここは地球ではない。
第二に、おそらくこの体も、かつての自分のそれではない。
第三に、この世界は地球ではない、異世界の可能性が高い。
コンピューターゲームによく中世ヨーロッパ的なファンタジー世界が登場するが、ああいうのに近い世界かもれない。
コンピューター。
そうした機械はたぶん、この世界には存在しないだろう。
もっとも、ゲームと違うのは空腹も覚えたりするし味覚もあるうえ、ご丁寧に糞便の悪臭まで強烈に漂ってくるほどに「現実的な異世界」であるということだった。
とはいえ悪臭にはだいぶ鼻が慣れてきているが。
とにかくわけがわからない。
発狂したか、あるいはなにかの夢の類なのかは知らないが、尻の下の冷たい石の感触までもが生々しすぎる。
せめてもの救いは話し相手が可愛らしい女の子という点だったが、さすがに自分の好みからすれば年下すぎだ。
なるほど、俺はロリコンではないらしい、とモルグズは新たに、わりとどうでもいい発見をした。
ふいに、眠気にとらわれる。
あるいはさきほどの食事になにか薬でも入れられていたのだろうか。
なんだかわからないが、とにかく眠い。
すっと意識が眠りの世界に落ち込んでいった。
(いまだ言葉もわからぬか)
真っ暗な世界なのに「彼女」の姿ははっきりと見えた。
漆黒の長衣に頭巾を深々とかぶり、冗談のように刃の長い鎌を手にしている。
典型的な死神の姿だった。
この場合は「死の女神」というべきか。
(なんだ、あんたは。日本語、喋れるのか)
(そのようなものは知らぬ。わらわは汝の魂に直接、語りかけているがゆえ)
(魂?)
(然り。汝はわらわと約定を交わした身ぞ。地球とやらでの汝の肉体はすでに滅びた。我が助けがなくば、汝はすでに消滅している)
(あんたがあの妙な世界に俺をひきずりこんだのか?)
(左様。たまにはこのような趣向も面白かろうと思うてな。汝がいまいるのは、ある愚かな魔術師の塔の地下じゃ)
魔術師、と聞いてなぜかぞっとした。
(魔法使いじゃなくて、魔術師って……あの女の子がか)
(あれはただの魔術師の弟子にすぎぬ。まあ、多少は魔術の心得はあるが)
(あの光も、魔術でとか言うんじゃねえだろうな)
(当然であろう。しかしあの魔術師も、わずか三人を生贄に捧げてわざわざわらわを呼び出しおった。異界の知識を求めてな。己の吝嗇さを、いずれ後悔するであろうが)
(生贄……三人の命……?)
(わずか三人。これを吝嗇と呼ばずとしてなんと呼ぶ)
(おい、ちょっと待て……)
(ああ、あの世界では人の命は安いのだ。ただ、汝も人の命に関してはあまり、偉そうなことは言えぬはずだが。だからこそ、我は汝の魂をあの肉体に封じたのだ。もともとのあの肉体の魂は、すでにホスのものとなった)
(ホス?)
(ホスも愚かな者よ。ただ、ホスはある意味では理性や常識の桎梏から解き放たれた者ゆえ、ある意味ではユリディンよりも遥かに賢明ではある)
(ホスだのユリディンだの、なにがなんだか……)
(いずれ、わかる……モルグズ、汝にもな)
頭巾の奥から優雅な、だが宇宙を揺るがすようなおぞましい笑い声が聞こえてきた。
(此度の余興に、いずれあまたのものたちが巻き込まれるであろう。さて、汝が我にどれほどの捧げ物をするか、今から愉しみではあるが、その前にまず、言葉を覚えよ。定命の者よ。汝らは言の葉といういとも頼りなきすべでも他者と理解しあえぬ哀れなものゆえ……)
目を醒ますと、今度はぎょろりとした目玉をもつ老人の顔が目の前にあった。
驚いたように、その醜貌が歪められる。
さきほどの少女とは違い、老人は目にも鮮やかな真紅の長衣をまとっていた。
胸元には銀糸かなにかで五芒星が縫い取られている。
これがあの夢……あるいはまた別のなにか……で死の女神の言っていた魔術師だとモルグズは確信した。
eto morguz cu?
ひどく耳障りなしゃがれた声だったが、間違いなくさきほど少女が話していたのと同じ言葉だった。
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