ある平凡な女性の一生~彼女はなぜ死んでしまったのだろうか~

折原さゆみ

第1話

 ある女性がスーパーの駐車場から飛び降りて死亡した。25歳で遺書は見つかっていない。警察は自殺か、他殺か詳しい捜査を進めている。ただ、飛び降りを図った時間帯には彼女以外、人はおらず、他殺の可能性は低いとみている。さらに、彼女の人間関係を調査しても、特に問題はなく、事件の可能性も低いとしている。警察は何らかの理由で自殺を図ったという見方を強めている。今後、自殺した経緯について詳しく調べていくようだ。


 警察の調べに対し、家族は「自殺願望のある娘ではなかった。死んでしまって無念です。死ぬ前に私たちになぜ相談してくれなかったのか、悔しくてなりません。」と証言している。

家族以外の友人や知人に聞いてみると、「自殺するような女性ではなかった。なぜ死んでしまったのか、悲しいです。真面目でおとなしそうな子でした。」と証言している。

 彼女の葬式には家族以外の参列者はごくわずかしかいなかった。彼女と最近会ったことがある人は会社の人間と家族以外にいなかった。彼女は、大学卒業後、自分の勤めている会社と実家の往復のみでそれ以外、実家から出ることはなかった。休日も家で一人、特に何もせず、ぼうっと過ごしたり、スマートフォンを見ていたりしているだけで特に何もしていなかった。     


 なぜ、彼女は死んでしまったのだろうか。背景には彼女の家族や彼女自身の性格が深くかかわっている。


 彼女は、特技というものがなかった。小学校、中学校と彼女は成績優秀でよくできたいわゆる優等生であった。どの教科もよくできていて、得意な教科も不得意な教科も特になかったようだ。両親は、どちらも高学歴者であり、彼女の成績にも満足していた。それどころか、テストでは100点を採ることが当たり前だと彼女に繰り返し言い聞かせていた。彼女も別にそのことについて不満はなかった。さらに両親は言った。



「小学校、中学校で友達なんて作らなくても高校、大学で友達なんていくらでも作れる。」

「小学校、中学校の勉強なんて努力しなくてもできて当たり前。」



 この2つの言葉は彼女の後々の人生に大きく影響するものとなった。幼い彼女はその言葉を信じ、その後の人生を送った。


 彼女の父親は転勤が多い仕事であった。したがって、彼女は学校を転々とした。転校を何度も繰り返すうちに彼女はだんだん、人に対して心を開くことをやめていった。どうせ、仲良くなってもすぐに別れが来る。それならいっそ、心を開かずにうわべだけ仲良くしておけば、別れの時に辛いことはない。悲しみを感じることもない。それに、ここで友達を作らなくても、高校、大学に入れば友達もできるはずだ。

 彼女はこうして、他人に心を開くことをやめた。こうして、小学校、中学校での生活は終わりを告げた。


 勉強面については、彼女の頭は、普通の人より出来は良かったらしい。両親の思い通り、努力しなくてもたいがいのことはできてしまった。これにより、彼女は「努力」というものをせずに済んでしまった。どの教科もまんべんなくできたため、得意教科も持たぬままだった。努力しないことに慣れてしまった。


 彼女には、執着というものがなかった。何かをやりたいと思うことはあっても、ダメと言わればそれであきらめてしまう。物についてもそうだ。ダメと言われれば、欲しいと思っていたものでも素直に従ってあきらめてしまう。彼女の両親は厳しい人であった。何か欲しいものがあってもこれはダメ、あれはダメと言ってばかりで、欲しいものを買ってもらえることは少なかった。この影響ですぐにあきらめてしまう性格になってしまった。さらに、両親は二人とも怒りやすい性格であった。それに対して、彼女は優しい気の弱い性格であったため、二人に怒られると、そのまま反抗せずに素直に従ってしまう。何度も怒られているうちに彼女は自分がダメな人間だと思うようになり、自分に自信がもてなくなっていった。


 彼女は自分に対して興味がなかった。自分に自信もなく、親も厳しかったため、徐々に自分に興味を失っていった。何もかも面倒くさくなり、高校も大学もすべて親任せにしていた。特にやりたいことも将来の夢もなかった彼女は、両親が言われるがまま、高校、大学に進学した。彼女は流されることが楽だということに気付き、そのまま何も考えずに高校、大学での生活を送っていった。


 高校は、努力をしなかったせいで、第一志望には合格しなかった。ただ、その第一志望も自分が行きたいと思って志望したわけではない。ただ、大学の進学率が良い、登校がしやすいというだけの理由で両親が決めたもので彼女はどこの高校でもよかった。そのため、もともと「努力」という言葉を知らずに育ってきた彼女は受験勉強もそれほど真剣に取り組むことはしなかった。それでも第二志望の高校に合格したのだから、運がいいとはいえるだろう。


 高校でも彼女の性格は治らなかった。ただ、両親から高校に入ったら友達は自然とできると聞いて育ったため、高校は楽しみであった。心を開いてこなかったとはいえ、まだまだ子供である。友達と遊ぶということには憧れていたのだ。

彼女には友達について強いこだわりを持っていた。友達にするなら、自分より優れた人がいいと思っていた。勉強でも運動でも自分より何か一つ優れた部分がある人が友達に欲しい。そう考えていた彼女は、話しかけてきたクラスメイトや部活の仲間が自分の友達にふさわしいかどうか吟味していった。そうしているうちに高校では友達と呼べる存在はできずに卒業を迎えてしまった。


 結局、彼女は高校生活の間に自分があこがれていた友達を作ることができなかった。友達と休みの日にどこかへ遊びに行ったり、友達と自分の趣味や恋の話などのたわいない話をしたりすることはなかった。


 高校卒業後の進路を決める際も、彼女はどこに行くか考えていなかった。ここでも両親が進めてきた大学を受けることにした。彼女には特に行きたい大学、学部が見つからなかったので、どこでもよかったようだ。両親は「大学までは出でおきなさい。」と言っていたので、彼女もそうかとだけ思い、大学に行くことは決めていた。ただ漠然と私は高校卒業後、大学に行くのだなと思っていた。

当然、大学に行きたい人は日本全国に何万といる。その中で、特に努力もしない彼女が大学に入れるのだろうか。


 結果として、彼女は大学に合格した。また、高校の時と同様、第二志望に合格した。とはいってもこれも両親が決めた第一志望で、彼女が行きたいと目指していたわけではない。彼女自身はどこでもいいが、大学に行かなければならないと思っていた。

 彼女は無事に大学生になった。ここでも、彼女は友達ができることを期待した。


 大学4年間で彼女が学んだことはとても少ない。大した努力もしなかったので、知識も経験も4年間で得たにしてはあまりにも少ない。パソコンの基礎知識とバイトで学んだ接客知識ぐらいである。


 4年間で彼女は漫画やアニメなどの二次元にはまった。暇さえあれば、漫画を読み、アニメを見ていた。この4年間で得た知識といえば、漫画やアニメのタイトルと、アニメに出てくる声優の名前の方が多いくらいである。


 肝心の友達はできずじまいで終わった。たまたま、漫画やアニメ好きが同じ学部内にいたのだが、他人に心を開くことをやめてしまった彼女には、深く接することができなかった。結局、上辺だけの関係を続け、友達と呼べるまでの関係にまで発展しなかった。高校の時にあこがれていた、友達と休みの日にどこかへ遊びに行ったり、友達と自分の趣味や恋の話などのたわいない話をしたりすることは結局、一度も実現しなかった。

 大学までは両親が何かと決めてくれたが、就職まではさすがにしてくれなかった。両親は就職先のアドバイスはしてくれたが、それだけだった。自分で考えて就職活動を進めていかなければならない。そこで彼女は思った。私は何がしたいのだろうと。

 今まで彼女は自分について特に何も考えずに生きてきた。進路についても両親が考えてくれたので、ただそれに従っていればよかった。それが、突然、自分の好きにしていいよ、と言われてもどうしていいかわからない。

 彼女はとりあえず、自分の知っている会社を何社か受けることにした。エントリシートを書いて提出する。大体の企業は筆記試験が存在するので、試験を受けに企業へ出向いた。


 就職活動も大学進学と同じで、みんな必死に努力している。エントリーシートにしても、筆記試験にしてもそれぞれ専門の本を読んだり、専門の講座に通ったりして備えている。彼女はそれがない。何をしたいのかも不明瞭で、どの企業に就職したいのか、どの職種に就職したいのかもわからない。ただ、自分の知っている会社を受けているだけの状態。当然、内定をもらえるはずもない。


 彼女は筆記試験ですでに落ちていた。勉強も真剣にしていないので当たり前である。ここでも努力という言葉は彼女には存在していなかった。面接にたどりついた企業は一社だけであった。面接も大学で一回、面接対策講座を受けただけの付け焼刃状態だったので、受かるはずもない。こうして、彼女は自分が受けた会社すべてに落ちて、内定がない状態になった。大学4年生の夏であった。


 努力していないとはいえ、さすがにこの結果には彼女も堪えたようだ。彼女はもう、あきらめ状態であった。まだ卒業までには時間もあるし、就職活動はいったん、休憩しようとでも思ったのか、あるいは現実逃避を図ったのか。その後、彼女は就職活動もせずに、ひたすら惰性をむさぼり続けた。


 夏休みも開けると、大学内で就職が決まっていない学生は少なくなってきた。彼女が所属している研究室でも彼女以外は就職先が決まったようだ。普通、そんな状況では、恥ずかしくて研究室に顔出しできないと思うが、彼女は違った。ゼミがある日には必ず大学に行き、卒業論文を進めていた。教授も彼女を心配していて、就職先の候補を考えてくれたり、留学先を教えてくれたりした。だが、教授の親切も彼女の心には響かなかった。


 冬休みが明けても彼女は就職先が決まっていなかった。さすがに彼女も慌てていた。さすがにそろそろ就職先を決めておかなければやばいと思った。両親に大学費用を払ってもらっている以上、就職しなければならない。彼女には妹が2人いて、年も近いため、自分が就職しなければ、妹に示しがつかないというプレッシャーもあった。

 彼女はハローワークで求人を探した。新聞の折り込みチラシの求人広告も見て、求人を探した。そこで彼女は思い切ってある会社に連絡した。新聞の折り込みチラシの中に求人広告を載せていた会社である。もう、なりふり構ってはいられない。事務の仕事で大卒以上を募集していた。週休2日制で、勤務時間も8時から17時までとなっていた。会社の場所は彼女が住んでいる市内であり、車で通勤可能であった。


 電話すると、会社はすぐに人が必要だったのか、面接の日時を指定してきた。彼女は履歴書を持って、会社に面接を受けに行った。


 結果として、彼女はこの会社に採用された。大学4年生の1月終わりにやっと決まった。彼女はほっとしていた。これで、大学進学後にニートにならずにすんだと思っていた。


 仕事は、事務の仕事と書いてあったが、実際には事務作業だけではなかった。彼女が就職した会社は卸売り販売をしている会社であった。そのため、出荷業務があった。出荷業務は出荷業務で担当がいるのかと思っていたが、どうやら事務員の女性が交代で行うらしい。出荷業務は大変だったが、彼女は精一杯頑張って働こうと決めた。


 彼女が入社すると同時に2人の事務員がやめていった。2人から引き継ぎをし、彼女は晴れて、会社員となった。一気に2人も事務員がやめてしまい、彼女一人では足りなかったらしい。追加で彼女の他に2人、採用が決まった。

事務員は全員で彼女を含めて4人。小さな会社で彼女は一生懸命働いた。最初の1年は仕事を覚えるのに必死で将来について考える余裕もなかった。


 仕事を始めてから2年目ぐらいから、仕事に慣れ始めて自分を見つめなおす余裕が生まれた。そして彼女は考えた。自分はこのままでよいのかと。このまま、事務員を続けていてその後はどうなるのだろう。結婚は、両親の老後の面倒は。次々と将来のことが頭に浮かんでくる。


 彼女は退屈していた。事務員では給料も特に上がることはない。仕事も単調で毎日、同じことの繰り返しである。ただ、他の仕事を探そうにも、やはり彼女には自分のやりたいことがわからない。この退屈から抜け出すにはどうしたらいいのか。


 考えられることは2つ。一つ目は結婚することだ。結婚して、子供を作り、新しい家庭を作る。変化があり、退屈はしないだろう。しかし、友達もまともに作ることができていない彼女には今まで彼氏がいたことはない。結婚するためには、結婚相談所に行き、相手を探す他に結婚する方法はない。

 ただ、彼女は結婚には消極的だった。彼女の両親は間違っても仲が良いとは言えず、喧嘩ばかりしていた。さらに、祖父母との対立も激しく、嫁姑問題や相続についてもめていたのを間近に見て育っている。結婚することにプラスの意味を持つことができないでいた。


 もう一つは自分のやりたいことを見つけて、それに向かって努力することだ。自分のやりたいことがわからない今の状況ではどうしていいかわからない選択だ。


 大学生時代にはまっていた漫画やアニメにかかわった仕事はどうだろうか。彼女は考えたが、すぐに無理だとあきらめた。趣味と仕事は両立しない。そもそも、絵をかくことは好きではないし、センスもない。それに加えて、彼女にはクリエイティブな才能が皆無である。不得意な教科がなかった彼女だったが、美術や音楽、家庭科などの実技教科は軒並みよくなかった。創造力も足りていないのに加えて、不器用でもあった。趣味は趣味で楽しむしかない。

 ただ、趣味があるなら、それを楽しんで生きていけばいいという考えもあるかもしれない。同じ趣味の仲間をネットなどで通じて知り合い、交流を深めていけばいい。退屈することはないはずだ。

 彼女はそれができないでいた。ネットを使えば、今ではいくらでも共通の趣味を持つ人とはつながることができる。ただ、彼女はネットを使って人と知り合うことを過剰に恐れていた。出会い系などでの犯罪やSNSでおこった事件などネットでの悪いニュースが数多く取り上げられていて、彼女はそれが怖く手を出せないでいた。


 一人で漫画やアニメを楽しむだけでも良いのではないか。そう思う人もいるだろう。確かに彼女も最初はそう思って、一人で漫画やアニメを楽しんでいた。


 一人で楽しんでいたが、彼女には一人で楽しむ空間がなかった。彼女の父親が転勤の多い仕事で、家はいつも借家のアパートだった。そのため、自分の部屋というものが彼女にはなかった。いつも、妹と共用の部屋を与えられ、自分一人の空間がなかった。昔はそれでも特に不便を感じなかった。

 今は、父親が転職し、転勤することはなくなった。そのため、家も会社近くに建てた。そこには彼女専用の部屋もある。そのため、彼女が自分の趣味を楽しむ空間はあるのだ。彼女は楽しんでいた。楽しんではいたが、あるストレスを抱えていた。


 彼女には妹がいる。その妹が彼女にはストレスだった。子供のころは、妹との仲はよかった。両親は娘一人をひいきすることなく、平等に扱っていた。自分の部屋はなくても特に不便を感じることもなく、ストレスもなかった。


 彼女が妹にストレスを感じるようになったのは、妹が大学で下宿を始めたころからだった。彼女は大学を実家から電車で通った。別に下宿をして一人暮らしをしたいわけでもなかったから、特に問題はなかった。妹が下宿を始めても何も思わなかった。別に妹が下宿してもうらやましいとは思わなかった。ただ、下宿先から実家に戻ってきた夏休みや冬休みに妹は一人暮らしがいかに大変か自慢げに語るようになった。いかにも自分は一人暮らしができてすごいということを主張してくるので、彼女は珍しく苛立っていた。年に数回、実家に戻ってくるだけ、しかも数日のことだが、彼女はこの数日がとても苦痛だった。


 さらにストレスだと感じ始めたのは、妹が就職先を実家の近くに決めて、下宿をやめて大学を実家から通うようになってからだ。それまで、彼女と両親3人での生活に慣れていたので、また妹が増えるだけで前と同じにぎやかになるだろうとしか考えていなかったが、帰ってきた妹は態度が大きくなっていた。もともと、妹は家の中では態度が大きく、自分の思い通りにいかないと、駄々をこねて喚き散らすことがあった。それが、下宿を終えて、実家に帰ってきたらそれが悪化した。自分が一番偉いかのようなふるまいに彼女は腹が立った。妹は彼女よりも頭の良い大学に入学した。確かにそれはすごいことかもしれないが、ただ、頭が良いというだけだ。威張るほどでもない。さらに、「自分は忙しい」とことあるごとに言っている。

 極めつけは、彼女を自分より下等と思っていることだ。両親から怒られ続け、自分はダメな人間だと思っていた上に、妹にも馬鹿にされる。彼女はさすがにこれには耐えられなかった。


 これ以上、この家にいたら、気が狂ってしまう。何か、早急に手を打たなければ。彼女は必死に考えた。そして、考え付いたのが、自殺という方法だった。やりたいことが見つからない彼女にとって生きていることは苦痛だったかもしれない。もしかしたら、彼女は死んでほかの世界に転生したかったのかもしれない。最近の異世界転生は、主人公が死んで、その後に新たな世界での冒険が待っているというものも多い。漫画やアニメにはまっていた彼女はそれを期待していたのかもしれない。


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