Case14 M.I.B(2)
その後、期待していたようなイケない展開になるようなことも一切なく、小一時間ほど彼女のデンパを浴び続けてから、俺は極めて品行方正な紳士的に彼女の家を後にすることとなった。
そして、別れ際……。
「じゃ、また明日ね。明日は学校休みだし、朝からマンション監視するよ?」
「あ、朝から? ……ハァ…了解。それじゃ、また明日……」
という残念な業務連絡までおまけに受けて、俺も自分の家に帰宅した後のことである。
――ピーンポーン!
夕食前の穏やかな一時、居間のソファに身を沈めてテレビを眺めていると、不意に玄関でチャイムの音が鳴った。
「まさとし~! 今、手が放せないからちょっと出てくれる~!」
「ええ~? なんで俺が~? こっちだって今、世界を影で動かしている力についての重大な真実が明らかになろうと…」
キッチンから母親の呼ぶ声が聞こえて来るが、番組の内容がちょっと気になったので俺は動くのを渋る。
乙波の放つ
なんでも、その結社は智恵のシンボルである〝フクロウ〟を自分達の紋章にしているのだとか……あれ? フクロウって、最近どっかで見たような……
「まさとし~!」
「ああ、はいはい! 今出るよー!」
だが、母親の大声にやかましく急き立てられ、仕方なく俺は重たい腰を上げると、渋々玄関へと向かった。
ピーンポーン!
「ああもう…んな何度も鳴らさなくたって、今出るって……」
そして、再び鳴り響くチャイムにドアの鍵を外し、独り文句を口にしながらノブを回して扉を開ける。
「はいはい。どちらさま…!?」
しかし、開いたドアの隙間から覗く二人の人物を目にした瞬間、その目は図らずも大きく見開かれることとなる。
「あ、あんた達は……」
黒のコートに黒のスーツ、黒のソフト帽に黒のサングラス……玄関の前に立っていたのは、なんと、驚くべきことにも〝黒尽くめの男達〟だったのである。
しかも、あの映画で見た彼らを彷彿とさせるような、まさに全身黒尽くめのメン・イン・ブラックだ。
歳は40代くらいだろうか? 2人の内1人は背が高い痩せ形で、もう1人は逆に背が低く太目の男である。なんともデコボコな組み合わせではあるが、なんとなくいいコンビのように思えなくもない。
「上敷正論君ですね? 私達は…」
半開きにしたドアもそのままに呆然と彼らを見つめていると、長身の男の方がそう言って口を開く。
「…あ、ああ、警察の方ですね?」
その見た目に一瞬ギョッとしてしまう俺だったが、男の声に冷静さを取り戻し、相手が名乗る前にこちらからそう尋ね返す。
知らねば本当にMIBが訪ねて来たものと思ってしまったかもしれないが、俺は彼らの正体をすでに知っているのだ。
「ええ。まあ、そんなところです。それで、ちょっとお尋ねしたいのですが、君は4月1日の入学式の日に、高校の近くで何かおかしなものを見たりはしませんでしたか? どんな些細なことでもけっこうです」
俺の言葉に頷くと、続けて長身の男はさっそく本題をぶつけてくる。
やはり俺の思った通りだ……きっと居住詩亜さんの失踪事件のことで、刑事達がうちの高校に通う生徒達のところを一軒々〃聞き込みに廻っているのだろう。仕事とはいえ、なんともご苦労なことである。
にしても、ただの行方不明というだけで、そうまで丹念な捜査をするってことはあまりないように思う……ってことは、居住さんの失踪に犯罪絡みの可能性が出て来たってことか? もしかして、殺人とか?
「何か、気になることでも?」
そんな邪推をしてしまい、思わず返事を遅らせていると、その不自然に長い間を不審に思ったのか、今度は太った方が野太い声で訊いてくる。
「あ、いえ。俺は別に何も……」
俺は慌てて首を横に振ってみせるが、答えてからふと、不意に乙波のことを思い出した。といっても、彼女がUFOの編隊を見たというどうでもいい話の方ではない。そっちではなく、あの彼女に届いたという脅しの手紙の方である。
「そうですか……なら、いいんですがね……」
俺を値踏みするかのように僅かな沈黙を置いた後、嘘は吐いていないと判断したのか、長身の男がそう呟く。
「それでは、我々はこれで」
「あ、あの……」
そのまま背を向け、今にも立ち去ろうとする彼らを俺は恐る恐る呼び止めた。
「……何か?」
「あ、いえ。同級生の女の子の話なんですけどね。彼女がちょっと変なものを見たなんて言ってまして……」
「変なもの?」
俺のその言葉に、二人は無表情のまま、微かに小首を傾げて聞き返す。なるべくならその部分には触れずに話を進めたいところなのであるが、残念ながら前段階の説明として、やはりそこを避けては通れない。
「ああ、いえ、見たっていっても、あのマンションの上を飛ぶUFOの大群を見たなんていうトンデモ話なんで、まあ、それはどうでもいいんですけどね。ただ、ちょっと気になる手紙が届いたらしいんですよ」
「気になる手紙?」
黒尽くめ達は相変わらずの無表情で、今度は反対側へまた少しだけ首を傾げる。
その極力動きを見せない様はまるでロボットか? はたまたパントマイムをする大道芸人のようだ。
「はい。彼女、そのUFO見たことで失踪事件も宇宙人の存在だなんて、これまたトンデモなこと考えてて、挙句の果てには都市伝説の…その、黒尽くめの男達につけられてるなんて妄想まで抱いているんですけどね。でも、そうしたら本当に脅しの手紙が届いたそうなんです。〝あの日見たことを誰かにしゃべったら、命はないものと思え…〟的な」
その妄想の原因となった張本人――〝黒尽くめの男達(ぢつは刑事)〟に話していることを思うと、なんだかちょっと不思議な感覚を覚えてしまう。ま、彼らはそのことに気付くはずもないので、そう感じるのは俺だけなんだろうけど……。
「ほう……MIBからの脅しの手紙ですか……」
「ええ。まあ、ただの悪戯の可能性が高いですし、そんな都市伝説の中だけの存在が脅しをかけてくるなんてことはまずないでしょうが、それでもちょっと気味が悪くて……失踪事件のこともありますし、彼女の身辺にも気をかけてもらえたら……」
さすが〝ロズウェル事件〟のUFO番組などで何度も取り上げられてきた有名な都市伝説。どうやら向こうもMIBのことを知っているらしく、それならば話が早い。
俺はそんな刑事達に彼女の警護をそれとなく依頼した。俺がわざわざ彼らを呼び止め、痛い目で見られるのを覚悟してまで乙波のトンデモ話を披露したのは、まさにそのことが目的だったのである。
「……わかりました。こちらでも注意してみます」
「どうも、お忙しいところ失礼しました。それではこれで」
また僅かの沈黙の後、二人の黒尽くめは無愛想にそう告げると、やはり捜査が忙しいのか、くるりと背を向けてさっさと立ち去って行ってしまう。
「あ、ありがとうございます! よろしくおねがいします!」
そんな彼らの黒い背中に俺はペコリと頭を下げるが、もう二人は振り返って会釈することも、去り行くその足を止めるようなこともない。
来た時から思っていたが、やはり刑事という職業柄からか、まったくもって愛想のない連中だ。ま、あのサングラスのせいで顔の表情が読めないというのもあるのだろうが……にしても、こんな夜にまでサングラスなんて、あいつら刑事ドラマの見過ぎか?
「ふぅ…ま、何はともあれこれで一安心だな」
彼らの態度やミーハーな格好はともかくとして、これで一応、乙波のことは警察も気にかけてくれるだろう。
あの手紙が単なる悪い悪戯で、このぼんやりとした不安もただの取り越し苦労なのかもしれないが、それでも用心に超したことはない。
「まさとし~? どうしたの~? どちらさま~?」
そんな時、背後のキッチンの方から俺の名を呼ぶ母親の声が聞こえてくる。
「ああ、なんでもな~い! もう帰ったよ~。それよりも夕飯まだ~?」
その声に、俺は彼らの溶け込んでいった夕暮れの闇を一瞥すると、周囲を満たす入浴剤と焼き魚の匂いのする空気に空腹感を抱きながら、橙色の電球に照らされる玄関のドアをいそいそと閉めて踵を返した……。
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