Case15 赤毛山のUFO基地

 翌日、今日は土曜で学校が休みということもあり、俺は昨日の乙波の申し付け通りに朝からマンションを見張ることとなった。

「――ハァ……にしてもこの格好は……」

「上敷くん! 真面目に監視しなきゃダメだよ! 目を離した隙にUFOが現れたらどうするの!」

「ああ、はいはい……」

 項垂れて溜息を吐いたのを乙波に見咎められ、俺は再び双眼鏡を目に当てると、嫌々ながらも堂室さんの部屋の監視に戻る。

 現在午前8時25分……この張り込みが始まってから早や30分が経とうとしているが、双眼鏡で女子大生の部屋をずっと見張っているだなんて、これでは監視というよりもストーカーや変態の覗き趣味に近しい。もし誰かに見咎められでもしたら、一体、どう言い訳すればいいのだろう……。

 しかも、今日は昨日と違ってあの桜の木の所からではなく、最早、なんの言い逃れもできない安全圏外の、マンションの正面に廻り込んで駐車場の隅に植えられた低木の影からの監視である。

 無論、俺は断固として高校の敷地内から監視することを提案したのだが、堂室さんの部屋には常にカーテンがかかっていて中の様子が見えないし、もし玄関側にMIBが現れても裏からではわからないということで、一も二もなく乙波にその安全策は却下され、このようなリスクの高い張り込み態勢を余儀なくされたという次第だ。

 まあ、一応、そのための対策として…てか、乙波的には人の目ではなく、あくまで「UFOに見付からないように」との観点からなのであるが、彼女は濃緑色のベレー帽に迷彩の野戦服を着込み、俺もカモフラージュ用に木の枝やら葉っぱやらを身体全体に着けさせられている……が、むしろ完膚無きまでに不審者力アップだ。

 にしても、ゲリラ戦をやるわけでもなし、こんな都市部での張り込みにんな野戦服着て来なくてもいいだろ? この前、埋蔵金探しに行った時の探検服といい、やはり一度、他にどんな衣装を持っているのか、あのクローゼットの中を覗いてみたい気もする……もしかして、もっと露出の多い、過激で萌え萌えなセクシーコスとかもあったりなんかしたり……。

「昨日、あれからいろいろ考えてみだんだけどね……」

「……あ、ああ、な、何? 俺は別に何も考えていないよ!」

 閉ざされた禁断のクローゼットの中にあれこれイケない想像を巡らしながら双眼鏡を覗いていると、乙波も同じくレンズを目に付けたまま、おもむろに話しかけてくる。ちなみにこの双眼鏡2つも彼女が用意して来たものだ。

「あの日、UFOの編隊が飛び去った方角とか、昔から云われてる話とかを総合すると、やっぱりアブダクションされた居住さんは赤毛山にある宇宙人の基地に連れ去られたんじゃないかと思うんだよね」

「赤毛山の……基地ねえ……」

 幸い俺の邪な脳波は受信されずにすんだが、対して乙波のデンパ送信は今日も依然良好のようだ……ま、でも、巷で云われてる赤毛山伝説からすれば、トンデモ系がそう考えるのも当然といえば当然の成り行きか……。

「うん。これは間違いないよ。それに、もしかしたら徳川埋蔵金も今回のアブダクションに関係してるかもしれない……例えば、居住さんが埋蔵金を隠す密命を下された幕臣の子孫で、埋蔵金を狙う宇宙人が、唯一その隠し場所を知る彼女をさらったとか……」

「いや、それはないだろ……」

「はっ! ひょっとして、隠し場所を記した地図のデータが、彼女に埋め込まれたインプラントの中に……」

「いや、それはもっとないだろ……ってか、そもそもその埋蔵金の隠し場所は宇宙人の基地なんじゃないのか? それなのに、なんでわざわざ自分の家に隠されたお宝を…」

 そうしてさらに拍車をかける乙波の毒デンパに、それでも律儀にツッコミを入れてやっていた時のことである。

「あ、上敷くん、あれ!」

「ん? ……あっ!」

 不意にデンパ送信をやめた乙波に俺も双眼鏡を握り直してそちらを覗うと、堂室さんの部屋のドアが開き、中から彼女の出て来るのが見えた。

「お休みなのにどこへ行くつもり? ……おかしい……まさか、宇宙人に埋め込まれたインプラントを通してテレパシーで呼び出されたんじゃ……」

「休みだって外出くらいするだろ? いや、休みだからこそ、むしろどっかへ遊びに行くんじゃないの? 遊びたい盛りの女子大生なんだし、デートってこともあるだろうし……」

 それにそれを言うなら、休みなのにこんなことしてる俺達はどうなる?

「あ、下りて来るよ」

 ツッコむ俺を無視して監視を怠らない乙波が、そう言って堂室さんの動向を続報する。俺も再びそちらを覗うと、確かにエレベーターのある方へ歩いて行く彼女の姿が、外に露出したベランダ状の回廊の上に見えた。

 堂室さんは一昨日見た時とほぼ同じ、淡いピンクのシャツにジーンズといったラフな服装である。

 乙波にはああ言っておいてなんだが、デートや女友達と遊びに行くような格好でもないし、一体どこへ出かけようとしてるのだろうか? そういわれてみれば、ルームメイトが失踪して大変なこの時期に、そんな暢気に遊ぶ気になるようにも思えない……あの普段着姿からすると……近くのコンビニかスーパーへ買い物か? トートバッグみたいな手提げ袋も持ってるし……。

 そうして考えている内にもマンション玄関の自動ドアが開き、エレベーターで下へ降りた堂室さんが現れる。

 やばっ…! こっち来る……。

 今更だが、俺はその危険性を認識して低木の影で身体を縮込ませる。こんな風に自分を見張っていると知られたら、この前みたいにまた激怒されてしまう。

「……くるま?」

「ん……?」

 一方、見付かることを恐れていないのか? それとも迷彩服で騙し遂せるとでも思っているのか? 首を引っ込めもせず、堂々と監視を続行していた乙波の呟きに、俺も恐る恐る茂みの影から頭を出して見る。

 すると、堂室さんは駐車場に停められている1台の白い軽自動車へと近付き、ロックを解除して助手席側のドアを開こうとしていた。

「へえ……車持ってたんだ……」

 俺は少々意外に思ってそう呟いたが、女子大生といえど、地方都市ではそこまで珍しいことでもない。数分に1本は電車やバスが来る都会と違い、公共交通機関の発達していない地方においては、なにかと足に不自由するものなのだ。

「なんか、お掃除始めたみたいだね……」

 そのまま息を潜めてしばらく観察していると、乙波の実況中継通り、堂室さんはトートバッグの中から小型の車内クリーナーを取り出し、助手席のシートを倒して後部座席の掃除を熱心にし始める。やっぱり女子はキレイ好きのようだ。

 ……そうか。普段着のままどこへ行くのかと思ったら、休日を利用して自動車の掃除をするつもりだったのか……だが、どうやら掃除に夢中のようだし、このままじっと静かにしていれば、俺達の存在を気付かれることもないだろう。これで一安心…

「あの~すみませーん! 堂室さーん!」

「ええっ!?」

 と、思った矢先。一体、何を血迷ったのか? 乙波は植え込みの影より平然と飛び出すと、大声を張り上げて堂室さんの方へ駆け出すではないか!

 あ、あんたは本当にアホウか……ああ、もう手遅れだ……。

 その掃除機の音をも上回る大声に、堂室さんがこちらを振り向くのが後部座席のガラス窓越しに見える。彼女も駆け寄る乙波の姿に目を大きく見開いて驚いてるようだ。

「ハァ……」

 最早、こうなってはやむなし……俺も溜息とともに植え込みから立ち上がると、とぼとぼとした足取りで二人の方へと向かった。

「あなた達は……」

「ああどうも、こんにちは。なんか、奇遇ですね……ハハ…ハハハハ…」

「堂室さん! あなたにお伝えしたいことがあります!」

 車内へ突っ込んでいた上半身を引き出し、こちらを驚きと戸惑いの表情で見つめる堂室さんに、俺が間抜けな挨拶をして誤魔化している内にも乙波は対象的に歯切れよくしっかりとした口調で本題を切り出す。

「伝えたいこと?」

「はい! いなくなったルームメイトの居住詩亜さんは今、赤城山にある宇宙人の基地内にいます!」

 そして、訝しげに聞き返す堂室さんへ、そう無根拠な自信を持ってはっきりと言い切る。

 なるほど……乙波はそれを教えてやろうとしていたのか。こいつは嘘や冗談ではなくそれをガチで信じているのだ。心配している堂室さんにルームメイトの消息を教えてやる……多分にトンデモ要素が盛り込まれているが、これも彼女なりの親切なのであろう。

 ………が、普通、こんなこと言われたら、おちょくってるとしか思わないだろうなあ…。

「……そう。赤城山ね……わたしもなんだかそんな気がする……」

「…………え?」

 だが、俺の…というか、世間一般的な予想に反し、堂室さんは少し考えた後にそんな驚くべきレスポンスを返してくる。

「やっぱり! おそらく宇宙人の消し去ろうとした記憶がまだ僅かに残っていて、それがその真実を教しえてくれているんです!」

「そうね……消し去った方がいい記憶ってあるものね……」

 唖然とする俺を他所に、なおもトンデモ発言を繰り返す乙波と堂室さんの会話はなぜだかうまく噛み合っている様子だ。

 かわいそうに……居住さんのことを心配するあまり、きっと堂室さんも頭がどうかしてしまったに違いない。でなければ、乙波のこんな妄言を信じるはずがない。

「それじゃあ、これから赤城山へみんなで行ってみましょうか? 詩亜を探しに……」

 不憫な堂室さんに憐みの眼差しを向けていると、彼女はさらに哀れにも、そんな提案まで口にし始める。

「よろこんでおともします!」

 その言葉に迷わず即答する乙波だが、今回に限っていえば俺も同意見である。こんな痛々しい婦女子の姿を目の当たりにしては、男として放っておくわけにはいかない。

「わかりました。俺もご一緒させてください」

 こうして俺達三人は、哀しくも奇妙な赤毛山へのドライブに行くこととなった。

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