Case16 バックミラーの追跡者
赤毛山にある(と妄想する)UFOの秘密基地へ車で向かう女子大生1人と高校生2人……。
運転はもちろん堂室さんがし、俺と乙波は後部座席に乗り込んで郊外へと続く道路を軽自動車は疾走する。
掃除を丹念にするくらいだから臭いにも気を使っているのか、狭い車内は消臭剤の甘い香りがけっこうキツかった。
「ほんとに何か憶えてることとかないですか? 光に包まれるイメージとか? あと、身体に憶えのない傷があったりとかは?」
「ええ。特には……」
運転席側に陣取った乙波が前に乗り出して堂室さんとトンデモトークを繰り広げる中、俺は後へと流れゆく外の景色を楽しむことに専念する。
ただでさえ野郎はガールズトークに参加が困難だというのに、そこにトンデモ要素が加味されては入る余地などまるでない。
ま、別に参加したいとも思わないし、俺には傷心の堂室さんと何を話していいのかわからない。沈黙が続き、車内が暗く重たい空気に包まれるよりは、そうして乙波にしゃべっていてもらった方が例えトンデモな内容であったとしてもどんなにいいことか。
「…………ん?」
だが、そうこうして心安らかにドライブを楽しんでいた時のことである。
ふと車窓からバックミラーに視線を移すと、そこに一台の不審な黒い車がいることに気付いた。
その黒のセダンはマンションを出た頃からミラーの中に見ていたような気もする……そう思ってしばらく観察していると、いくつか交差点を越えた後もずっとミラーから消えることはなく、相変わらず同じ間隔を保って俺達の後をついて来るではないか!
後を振り向いて直に見ようとも思うのだが、なんだか怖い気がしてそうすることができない。
「………………」
「どうかしたの?」
そこはかとない恐怖を感じ、じっとバックミラーに見入っていた俺に、怪訝な顔で堂室さんが尋ねてくる。
「あ、いえ……それが……あの黒い車、なんかつけて来てるような気が……」
「……!?」
「えっ…!?」
俺が半信半疑にそう呟くと、堂室さんは同じくミラーを、乙波は思わず後を振り返ってその車を確認する。
「黒い車……MIBが追って来たに違いありません! 堂室さん、逃げてください!」
「いや、まだつけられてると決まったわけじゃ……」
そして、乙波は俺の補足説明も耳には入らず、黒い色をしているという理由だけでそれと判断して堂室さんに叫ぶ。
「ええ。言われなくてもそうするつもり……」
ところが、乙波ばかりか堂室さんまでがそれを信じ、アクセルを踏む足に力を込めてしまう。やはり、この人もそうとう病んでしまっているようだ。
俺達を乗せた軽自動車はぐんぐんと速度を増し、後方の黒いセダンとの距離を一気に引き離す……だが、それも束の間、すぐに向こうも加速して、また後にピタリと着けられてしまう。
「まだついて来る……堂室さん、もっと急いで!」
「ええ、わかってる……」
「い、いや、これ以上急ぐと危ないですよ……」
背後を忙しなく振り返りながら乙波は堂室さんを急かすが、車の速度は安全上も、また、軽自動車としての性能からもそろそろ限界に近付いてきている。
ようやくひき離したかと思えば、またすぐに追いつかれる……その繰り返しが何度となく続き、曲がりくねった山道に入ってからもその追いかけっこはなおも続いた。
最初は気のせいかとも思ったが、もう完全にカーチェイスの域である……だが、一体、何者なんだ? なぜ、俺達が追われなくちゃならない?
俺もいい加減、ミラーで覗うなどというまどろっこしいことはやめ、堂々と後を振り返って直に確認してみるが、フロントガラスに日光が反射して乗っている人物の顔まではよく見えない……ただ、少なくとも前の座席に二人、なんだか黒っぽいスーツを着ているようにも見える。
まさか、本当にMIBってことはないと思うが……でも、もしかして居住さんの失踪事件と何か関係あるのか?
……はっ! そうか! 追われてるのは俺達じゃない……やつらは堂室さんを追いかけているんだ!
「堂室さん、なんとか振り切ってください! やつら、居住さんの事件に関わる犯人かもしれません! ああ、そうだ警察に連絡を!」
その可能性に気付いた俺は前言を撤回し、なおも堂室さんを急かすとポケットからスマホを取り出す。
「だめ。この山は特殊な磁場に覆われててケイタイは使えないの」
「うん。宇宙人の基地だからね」
「何をこんな時に! そんなことあるわけ……ああ、ほんとにダメだ」
この緊急事態にも関わらず、暢気にトンデモな意見なぞ述べている二人に苛立ちを覚えながら、俺は急いでタッチパネルに指を走らせる……が、確かに彼女らの言う通り、この場所に電波は届いていないようだ。
そういえば、この山がトンデモの聖地になっている要因の一つに、その磁場云々の話もあったような……無論、宇宙人は関係なく、科学的に証明されている地質的な原因によるものであるが……。
クソっ、
「大丈夫。いい手がある。あの道に入りされすれば……ちゃんと掴まってて!」
ぢつはそれが原因なんじゃないかと思うくらい
「うわっ…!」
「きゃっ…!」
そのままの速度でドラフトしながらカーブを曲がり、一時的に追跡者の視界から姿を消すと、脇に開いた未舗装の狭い林道へと堂室さんはハンドルを切った。なんかもう、『頭●字D(堂室)』だ。「下り最速」ならぬ「上り最速」である。
「わわわわ…」
なおも速度を落とさず、車体を縦横無尽に揺らしながら、車はデコボコとした林道を山の奥へと急ぐ……。
おかげで俺や乙波は座席の上でポンポンと飛び跳ね、頭を天井に打ちつけそうになるが、そのかいあってか黒いセダンは追い駆けてこず、どうやら林道の入口を通り越して、道なりに走って行ってしまったようだ。これならば確かにやつらを撒けるかもしれない。
それでも油断せず、さらに未舗装の悪路を進んだ後、林業に携わる人達の使っている駐車場だろうか? 行き止まりの少し広くなっている場所で俺達はようやくにして止まった。
「ふぅ……」
徐々に速度を落とした車が完全に止まるのを待ち、俺達三人は揃って安堵の溜息を吐く。
「どうやらやり過ごせたみたいね……」
だが、堂室さんが笑みを浮かべて、安心し切った声でそう呟いた時のことだった……。
「…!?」
林道の角を曲がり、薄暗い木立の影からあの黒い車がまたしても現れたのである。
「そんな…!?」
「まだ追ってくる……」
「走って逃げましょう!」
口々に驚きの声を上げる中、真っ先に堂室さんがドアを開けて外へ出ると、シートを倒して乙波を連れ出そうとする。
同じく俺も前のシートを倒すと、助手席のドアを開けて外へと転がり出した。
続けて俺達三人は林の方へ向かって走り出すが、瞬間、後方で車が止まり、荒々しくドアの開く音が聞こえる……走りながら振り返ってみると、やはり停車した黒のセダンの中からわらわらと黒いコートを着た男達が4人も出て来るのが見えた。
「やっぱりMIBだったんだ……」
同様に彼らを見た乙波が悠長にもそう呟く。
「んなアホなっ! ……しかも4人は多過ぎだろっ!」
俺は叫びながら、さらに足の回転を速くさせる。
まさか、本当にあの〝黒尽くめの男達〟だっていうのか……まさか、本当にそんなことが……でも、とりあえずここで捕まったら何をされるかわかったもんじゃない!
「待てっ! 警察だ! 君達、止まりなさい!」
ところが、無駄口を叩くのをやめて前を向き直り、必死に逃げようとする俺の背後で、追って来る男の一人がそう声を上げる。
「え……?」
その言葉に俺は思わず足を止め、再び後方を振り返る……そう言われてよくよく見てみれば、彼らはコートこそ黒っぽい色のものを羽織ってはいるものの、その下は黒尽くめというわけでもなく、ダークスーツの他に灰色をした者なども中には混じっている。
「待てっ! 堂室芽衣っ! 無駄な抵抗はやめろっ!」
と、考えて立ち尽くしている内にも、男達は俺を追い越し、なおも逃げる堂室さんと僅かに遅れて走る乙波の後を追って行く……。
「……っ! ……そうか。そういうことだったのか……」
そんな男達の走り行く後姿に、俺は忽然と何かを悟るかの如くすべてを理解した。いや、詳しいところまではよくわからないが、大筋は間違っていないことと思う。
「待て! 乙波っ!」
俺も再度走り出すと乙波に追いつき、彼女の手を掴んで止める。
すると、やはり男達はこちらに目もくれず、なおも堂室さんの後を追ってその脇を駆け抜けて行くではないか。
「放してっ! なんで止めるの! このままじゃ堂室さんが!」
「違うんだ! あの人達はMIBなんかじゃない! あれは、堂室さんを捕まえに来た刑事達なんだ! 危険なのは堂室さんの方なんだよ!」
「何言ってるの!? 警察だなんて、そんなのわたし達を騙すための嘘に決まってるよ! どうして堂室さんが危険だなんて……はっ! もしかして〝バックシートの殺人者〟……」
説得を試みるも初めは喚いて暴れる乙波だったが、不意にわけのわからぬ言葉を口にしたかと思うと、なぜだか急におとなしくなってしまう。
「放してっ! わたしは知らない! 詩亜のことなんてほんとに知らないのっ!」
その間にも男達に追いつかれ、両脇より取り押さえられた堂室さんが向こうでジタバタと足掻いている。
「9時3分、容疑者確保。堂室芽衣、居住詩亜の殺害容疑及び未成年者誘拐未遂の現行犯で逮捕する」
そんな、なおも逃れようと必死に抵抗する堂室さんに、男の一人がポケットから手錠を取り出すと、有無を言わさずガチャリとその枷を彼女の手にかけた……。
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