Case14 M.I.B(1)
そして、その日の放課後……。
俺は約束通り乙波につきあい、彼女と一緒にとなりのマンションの堂室さんの部屋を見張っていた。
乙波いわく――。
「もしかしたら、残された堂室さんもアブダクションされるかもしれないよ!」
――とのことである。で、再びUFOが現れるかもしれないのだそうだ。
ただ、ずっとマンションの前に突っ立っていては、こちらが失踪事件に関わる不審人物として警察にしょっ引かれかねないので、俺の懸命の訴えにより、目立たぬよう高校の敷地内からこっそり見張ることとなった。
そこで思い付いたが、あの入学式の日に俺が乙波と出会い、彼女がUFOを見上げていたあの桜の木の植わる場所である。
淡いピンクの花はすでに散り、もうすっかり青々とした若葉の茂る頃となっているが、マンションを監視するにはもってこいの位置取りだ。
ベランダ側がこちらに面しているため、カーテンなど閉まっていなければ、部屋の中の様子まで覗けてしまいそうである。
とはいえ、堂室さんは留守らしく、カーテンはずっと閉まっていたし、無論、UFOがその上空に飛来するようなイベントも発生することはなく、俺達の張り込みは予想通り不毛なまま、無駄に時間だけが過ぎ去っていったのは言うまでもない。
でもって、かれこれ2時間後。
もう少し粘れば堂室さんも帰って来たかも知れないが、あの脅しの手紙のこともあったし、俺はぐずる乙波をなんとか説得して日暮れ前には監視を切り上げ、念のため、彼女を家まで送って行くことにしたのだった。
ま、結果的にはMIBに拉致されそうになるのは勿論のこと、特に危険な目に遭うようなこともまるでなかったのであるが……
「――はっ!」
「もしかして……また?」
「うん。今、見られてるような気がしたんだけど……」
…ってな具合に、帰る道すがら時々振り返っては、物影や人込みの中につけてくる不審な人物がいないか確認して歩くこととなった。
それも、乙波ばかりではない。
「……!?」
「どうしたの? 上敷くんも視線感じた?」
「い、いや……なんでもない……」
彼女の話を聞いていたせいか、俺まで誰かにつけられているような気がして、思わず何度も後を振り返ってしまう。
数メートルごとに二人してそんなことをしているのだから、むしろこっちの方が完全に不審人物だ。
……でも、ま、きっと気のせいだろう。人間、そういう思い込みというものは結構あるものだ。俺達のあまりな挙動不審ぶりに道行く人々が痛い視線を送ってきていたので、あるいはそれが原因だったのかもしれない。
ともかくも、そうして無事、高校からさほど遠くない新興住宅地にある彼女の家まで乙波を送り届けた時のこと。
MIBや脅しの手紙のことなど最早、忘却の彼方へと押しやってしまうような、エロゲならば大きな分岐点となるであろう重要フラグがついに俺の人生の上にも立つ。
「今日は送ってくれてありがとう。よかったらちょっと寄ってかない? お茶くらい入れるよ?」
などと予想外にも……いや、ちょっと淡い期待を抱いていたりはしたのだが、そう、乙波が俺を家へ寄るよう誘ってくれたのである。
「え? ……あ、うん……それじゃ、お言葉に甘えて……」
その全男子憧れの言葉に、俺は心拍数を急上昇させながらも平静を装いつつ素直に頷く。初めて訪れるカノジョの家……そのシチュエーションに否が応でも緊張してしまう。
「ここがわたしの部屋だよ」
緊張しながら玄関の敷居を跨ぎ、建ててからまだ新しい感じのするその家に上がり込むと、乙波は家人に声をかけることもなく階段を上り、直接二階にある自分の部屋へと俺を案内する。
「さ、遠慮せずに入って入って」
「お、おじゃまします……」
俺は心臓が飛び出るくらい鼓動の音を大きくしつつ、彼女の開けてくれたドアを潜り、その禁断の園へと足を踏み入れる……これが、まだ見ぬ前人未踏の未知なるフロンティア――〝女の子の部屋〟というものなのか!?
俺は入口に呆然と立ち尽くしたまま、室内をぐるっと見回してみる……。
ピンク系の色調に統一されていたり、やたらカワイイ小物が多かったりというようなことはなく、特に女の子女の子しているわけでもなかったが、どこか清潔感のある、やはり女子って感じの部屋だ。
ただ、壁一面を覆う大きな本棚の中には失われた大陸の名を冠する某超常現象系雑誌やその別冊トンデモ本、FBIの特別捜査官がとあるファイルに収められた未解決事件の謎を追う某米国テレビドラマのDVDなどがぎっしりと並べら、壁にもアイドルのポスターならぬ古き良き時代のUFOや〝捕まった宇宙人〟、ネッシーや雪男の足跡なんかの白黒写真がお洒落な感じで方々に貼られている。
また、どこで売ってる物なのか? リトルグレイやタコ型火星人のぬいぐるみなんかもベッドの枕元にあったりなんかしたり……そうしたトンデモグッズで埋め尽くされているところがなんとも乙波の部屋らしい。
「じゃ、そこら辺に座って待っててよ。今、お茶煎れて来るから。今日はお母さんも出かけてるし、あんまりおもてなしできないけどね」
……え?
少々ワンダーランドな彼女の部屋の様子に目を奪われていると、彼女はそんな気になることを言い残して、さっさと一階へ下りて行ってしまう。
〝今日はお母さんも出かけてるし…〟
と今、確かにそう言っていたな……お父さんは当然、仕事に行っててまだ帰って来てないだろうし、兄弟姉妹、祖父母と同居してるかどうかはわからないが、家の中はやけにしんと静まり返っていて、他に家族がいるようにも感じられない……。
それに極度の緊張のあまり思わずスルーしてしまったが、よくよく思い返してみれば、先程、家に入る際に彼女が玄関の鍵を開けて、薄暗い家の中の電気も自分で点けていたような……。
ってことは、今、この家の中には俺と彼女の二人きりなのか!?
その衝撃的事実を今更ながらに認識し、俺の興奮と緊張は一気にピークへと達する。
心拍数の上昇に合わせて自然と鼻息も荒くなるにつれ、室内に漂う女の子の部屋特有の芳香が鼻孔をいっぱいに満たし、さらに俺の昂った心を春の嵐の如く乱れに乱れさせる。
……初めて訪れる女の子の部屋というだけで興奮ものなのに、そんな、もうそろそろ日も暮れようとしているこの時刻、一つ屋根の下にうら若き男女が二人きり……。
最初は普段通り楽しくおしゃべりなんかしていたのに、ふとした拍子に会話が止まり、部屋には気拙い沈黙が訪れる……その沈黙の中、何かを予感しながら見つめ合う二人……自然と二人の唇は近付き、彼女は目を静かに瞑って……って、うわああっ! 落ち付け! 落ち付け俺っ! まだ気が早過ぎるぞ!
「いかん。もっと他のことを考えよう……」
これ以上、妄想と色欲で頭の中が満たされぬよう、俺は頭をフルフルと振って気持ちを切り変えると、再び部屋の中の様子をつぶさに観察してみることにする。
トンデモ系物品の他に、調度類としては勉強机にベッド、卓袱台、タンス、それに壁に埋め込まれたクローゼットなんかがある。きっとあのクローゼットの中に、デート…というか都市伝説調査で着て来たコスチュームや装備品などがしまわれているのだろう。そして、あのタンスの方には靴下やTシャツ、それに下着なんかが……下着なんかが……。
……あ、あのタンスの中には、お、乙波のし、下着類が……い、今、俺の目と鼻の先に……ハァ…ハァ…ちょっと手を伸ばして引き出しを引けば…ハァ…ハァ…す、すぐにでも見えるほどの距離に……。
「お待たせ~♪ …あ、まだ座ってなかったの?」
「はうっ…!」
またしても俺が煩悩に取り憑かれてしまっていると、お茶とお茶菓子をお盆に載せた乙波が戻って来て、背後から無邪気にそう声をかけてくる。
その声に、俺は心臓が止まるくらいドキリとさせられ、思わずスットンキョウな奇声を上げてしまった。
「……ん? どうかしたの?」
「い、いや、全然……まだ何も問題となるようなことには到ってないから大丈夫だ……」
俺はプルプルと高速で首を横に振ると、慌てて意味不明な言い訳を口走る。
「そう? ……ま、とにかく座ってよ。お茶受けのお菓子はどら焼きでいい? どら焼きって、形がなんかUFOみたいでしょ? だから、わたし結構好きなんだあ」
乙波は怪訝そうな顔で俺のことを見つめていたが、幸いそれ以上、厳しく追求されるようなこともなく、すぐに円盤型のおいしそうなお茶菓子へと興味の対象を変える。図らずもムラムラと沸き上がってしまった健全な男子が故の変態的劣情だけは、どうにか寸でのところで隠し
「で、ついでに今日家に寄ってもらったのはね、あんまり超常現象に詳しくない上敷くんに基本的な知識を付けておいてもらおうと思ったんだ。お茶飲みながら、ここにある本使っていろいろ教えてあげるね」
「は、はい。真面目に勉強させていただきます……」
お茶とUFD(※D=どら焼き)を卓上に並べながらそう告げる乙波に、俺は邪な欲望に満ちた心を入れ替え、行儀のよい生徒として彼女のトンデモ講義に耳を傾けることにした――。
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