Case13 千里眼(3)

「じつはわたしの死んだおばあちゃんね、千里眼を持ってたんだ」


「せんりがん?」


「そう。〝千里の先も見通せる眼〟って意味で千里眼。未来を見たり、透視をしたりできる力のことだよ。生まれつき勘の鋭い子だったらしいだけど、あたしぐらいの歳に開花したみたい。でも、本人はそれが普通だと思ってたから、意識なくその能力を使って近所の人の失くし物を探してあげたり、亡くなる人や天災とかの予知もしたんだって」


 ……ああ、急に改まって何かと思えば、そういう超能力のことか。


 また唐突にスゴイ話だが、嘘か真か、そういう力のある人間の話はなんとなく聞いたことがあるような気もする。


「当然、その力のことはすぐに評判になってね、まだ若い頃には、どっかの大学の先生が研究したいって言ってきたこともあったんだって。それで、その先生と透視実験をやることになって、新聞で取り上げられたこともあるって言ってたな」


 いつもながらにトンデモな内容ではあるが、どこかいつもと違うその話し方に、俺はツッコミを入れることも忘れて、じっと彼女の声に耳を傾ける。


「でも、ちやほやするのは最初の内だけ。すぐにマスコミも周りの人達もおばあちゃんをインチキだの、詐欺師だのと罵って、おばあちゃん、それはそれは大変な思いをして生きてきたみたい。わたしが生まれた頃にはもう、その力のことは周囲に隠して暮らしてたからね」


 だろうな……それは今も昔も変わらない。いや、インターネットが発達し、SNSの炎上が頻発する現代社会の方がもっとひどくなっていると言っていい……。


 いつの世も、マスコミや大衆はそういう身勝手で無責任なものなのだ。いい時には持ち上げるだけ持ち上げておいて、ちょっとでも何かあれば、すぐに責め立てる側に恥ずかしげもなく転じる……それまではあんなに熱狂してたのに、あたかも最初から信じてなどいなかったというようにだ。


 普段、乙波や彼女と同じ属性の者達をトンデモ呼ばわりしている俺ではあるが、彼女の語る人間の業を凝縮したようなその不条理な話に、俺はなんだかやるせない気持ちになりながら、自分のことを棚に上げて、そんな柄にもない社会への憤りを覚えてしまう。


「だけど、わたしは知ってるんだ。おばあちゃんが本当に千里眼の力を持ってたってこと……だって、わたしが物を失くしてもいつも簡単に見付けてくれたし、悪い予感がするって外出を取りやめて、危うく事故に巻き込まれるのを避けられたことだって数え切れないくらいあったんだから」


 ……それは、ほんとの話なのか? やはり、今回はいつものトンデモ話と違ってなんだか妙に現実っぽい……。


「それなのに、他のみんなは誰も信じてくれない。友達に言っても嘘吐き呼ばわりされるし、先生に言ってもはぐらかすだけだし……それにおばあちゃんにも、この力のことはもう誰にも言っちゃいけないよって、淋しそうな顔で注意されたしね……すっごく悔しかったな。本当のことなのに誰も信じてくれないし、誰にも言っちゃいけないだなんて……わたしもおばあちゃんも、何も間違ってなんかいないのにね……」


 きっと、彼女は祖母のことが大好きだったのだろう……朝の澄んだ空を映す彼女の黒い円らな瞳も、その美しさの中になんだかとても淋しげな色を湛えている。


 おばあさんが乙波を注意した時の顔も、今の彼女のように切ないものだったのだろうか?


「だからね、わたし決めたの。おばあちゃんの力みたいに、世間の常識なんていう嘘に歪められて、あるわけがないことにされちゃってるものの存在をこの手で証明してやろうって。そんでもって、おばあちゃんが本当にすごい力を持ってたってことを世間に認めさせてやるんだぁ……これが、わたしの超常現象や都市伝説に興味持ってる理由かな?」


 意外なことに、律儀にもその突然始まった昔話は俺の暴言に対する彼女の真摯な答えだったらしく、そう話の最後を切り結ぶと乙波はこちらを振り向き、ちょっと気恥ずかしそうに、そして、やはりどこか淋しさを含んだ笑みをその顔に浮かべてみせる。


 その美しくも儚げな笑顔に、俺は自分の人間としての小ささを悟り、大きな罪悪感を覚えた。


 彼女の祖母が本当に千里眼の力を持っていたかどうかは今となってはわからない……。


 彼女の主張する現象はどれもトンデモで、とても信じられるようなものなんかじゃない……。


 だけど、乙波がそれを追いかけようとする気持ちは本物じゃないのか? それはけして嘘や偽りではなく、誰にも馬鹿になどできない、人間として持っていて当然の、あるべき純粋な気持ちなのではないだろうか?


 ……それで……だから、乙波は………。


 俺は、そんな彼女のことが愛おしくて堪らなくなった。惚れ直したと言ってもいい。しかも、今度は見た目だけではなく、彼女の内面にもだ。


「でも、これはわたしの事情だからね。上敷くんまでそれに嫌々付き合わせるのはよくないよ……うん。ここらが潮時だね。いい機会だし、ここで別れよう? 今まで付き合わせちゃってごめんね。それから、どうもありがとう」


 浅はかにも愚かな決心などしていた自分を恥じ、懺悔の念を抱きながら立ち尽くす俺に、乙波は無理にぎこちない笑みを作りながら、何かを悟ったような顔で別れの言葉を告げる。


 きっと、これまでに何回も、彼女はこんな風にして別れの時を迎えてきたに違いない……それは、俺が思っていたようなものでも、尻合や他の連中が噂するようなものでもなかったのだ。


 相手に別れ話を切り出された時、彼女はけして平気でなんかいやしなかった。その度ごとに、こうして悲しい思いをさせられ、人知れず心を痛めてきたのだ。


 そして、今回も……。


「ちょっと待った。誰が別れたいなんて言ったよ。つきあう時、宣言したはずだろ? 例え火の中、水の中、どこへだって君とのデートにつきあうってね」


 だが、俺は手を前に突き出してその口を塞ぐと、少々気取った調子で改めて乙波にその決意を表明する。


「上敷くん……」


 俺のその言葉が予想外だったのか、彼女はまたポカンと目を見開いて、俺の名前を譫言のように呟いている。


「けど、こんな脅しをかけてくるやつもいるんだ。今回のこの件に関してだけは本当になんだか嫌な予感がしてならない……」


「で、でも…」


「だから、これからはどんな調査をする時にも、絶対に俺と一緒に行動すること! それが、俺達がつきあうに当っての改めての約束だ」


「はぁ! ……うん!」


 今度は淋しさなんか微塵も混じっていないとっびっきりの笑顔で、乙波は大きく俺に頷いてみせた。


 キーンコーンカーンコーン…♪


 と、そんな時、この感動の場面をぶち壊すかのように、始業を告げるウエストミンスターのチャイムが間の抜けたテンポで学校内に響き渡る。


「……あ! ヤベっ! ホームルーム始まっちゃうよ! よし、急ぐぞ?」


「うん!」


 二人一緒に朝からサボりとは、皆にいろいろと勘繰りを入れられそうな大変マズイ事態ではあるが、俺と乙波は再び笑顔で頷き合うと駆け足で階下へと通じる階段へ向かった――。

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