Case13 千里眼(2)
二人とも無言のまま階段を登り切り、朝の清々しい空気に包まれた屋上へと足を踏み出す……思った通り、こんな早い時間帯ではサボりの生徒も昼寝…いや朝寝はしておらず、俺達以外、動くものの姿はまるで見当らない。
朝のHR開始まではまだまだ時間がある……
そういえば、この屋上は彼女に告白をした場所でもある……彼女との恋はここに始まり、ここで終るのか……うん。なんだか一本筋が通っていて、それもなかなか悪くはない。
天の采配か、突然訪れた運命の時に俺は改めて決意を固くする。
……だけど、さっき乙波の言ってた話ってのはいったいなんなんだろ? 妙に真剣だったし、他人に聞かれたくないってのは……。
朝露に湿ったコンクリートの床に二人して立ち、微妙な距離間をとって彼女と向かい合いながら、俺は不意にそのことが気になってしまう。
もしや、向こうから別れを切り出すつもりだとか? それはなんか、ちょっと嫌だな。もし彼女の方から見切りを付けられたなんてことになったら、それこそ俺は伝説として末代まで語り継がれてしまう……。
史上初の天音乙波にフラれた男……そんな不名誉な称号を持って呼ばれる未来を想像し、俺はよりいっそうブルーな気持ちになる。
……いや、それは考え過ぎってもんか。乙波のことだ。どうせまた取るに足らないトンデモなデンパ話に違いない。
そんなもん気にせず、とっとと言うこと言ってスッキリしてしまおう……。
「あ、あのさ…」
「となりの失踪事件、あれはやっぱり宇宙人による誘拐だったんだよ! ほら、その証拠にわたしにも脅しをかけてきた」
一瞬、不安を覚えるも気を取り直し、意を決して口を開こうとした俺だったが、そんなことをあれこれ考えている内にも彼女に先手を取られてしまう。
「……え? 脅し?」
しかも、まあトンデモ話だったというところは予想通りであるが、先に開いた彼女の口より聞かされたのは、俺の決心など一瞬にして吹き飛んでしまうような、その予想を遥かに上回る、ありえない報告だったのである。
「うん。脅しの手紙だよ」
言うとともに、乙波は俺の方へ一通の白い封筒を差し出してみせる。
受け取って両面を返し見ると、宛先はカタカナで書かれた彼女の名前だけで住所はなく、送り主も記されてはいない。切手なども貼られてはいないところからして、郵送されたものではないらしい。
「今朝、うちのポストに入ってたんだよ。見てみて」
つまり、誰かが直にポストへ入れてったってことか……。
乙波の指示通り、俺は中の手紙を取り出してみる。すると、その折り畳まれたA4サイズの白い紙には、次のように短い文章だけがシンプルに印刷されていた。
アノ日、見タコトハスベテ忘レロ。モシ誰カニシャベッタラ、命ハナイモノト思エ。
……なんとも物騒な内容である。
しかも、ミステリの脅迫状では王道の不気味なカタカナ表記……それ以外には何も記されていないが、確かにこれは脅し以外の何ものでもないだろう。
「にしても、これはいったい……」
ただの悪戯にしては悪ふざけが過ぎる……あの黒尽くめは刑事だったし、まさか妄想の中のMIBからこんな脅しが来るなんてことは……ひょっとして、乙波の自作自演?
あるはずのないその脅しに、俺は最初、そんな疑いを持った。だが、それが最も低い可能性であるとすぐに気付く。
……いや、それはないだろう。嘘吐いて周りの関心惹こうとかしてるただの目立ちたがり屋さんならともかく、こいつはガチでUFOやMIBの存在を信じているのだ。
そして、これまでに付き合わされたトンデモ調査でも明らかなように、こいつはトンデモでもトンデモなりに、一応、真剣にそれを検証しようとしている。
だから、そういった工作をする必要は微塵もないし、むしろ、そんなことしたら自分で自分を否定してしまうようなものだ。
いや、でも……だとしたら、一体、誰がなんの目的でこんなものを……。
「それに昨日うちへ帰る時、誰かにつけられてるような気がしたし、夜もカーテンの隙間からこっそり覗いてみたら、電柱の影に黒尽くめの男が立ってて、じっとうちの方を見張ってるのが見えたんだよ」
まるで妄想を現実化するようなその手紙に目を奪われていると、乙波はさらに気になることを付け加える。
誰かにつけられた? 家を見張ってる? ……それも、妄想の話ではないのか?
……警察がそんなことをするとは思えない。乙波は事件とまったくの無関係であるし、そもそも警察が捜査しているのはあくまでも失踪事件であって、今のところ、まだ犯罪性があるかどうかもわからないのだろう?
まあ、すべては彼女の勘違いかもしれないけど、それじゃあ今、目の前にあるこの手紙はどういうことになる?
いずれにしろ、乙波に悪意を持つ何者かが存在するということか?
何がなんだかさっぱりわけがわからない……けど、妙に胸騒ぎがするっていうか、どうにも嫌な予感がする……。
「こうやって脅しをかけてくるってことは、あの失踪事件に宇宙人が関与しているのはもう明白だよ! こうなったら宇宙人の仕業だっていう証拠を絶っ対ぃ、突き止めてやるんだから!」
「い、いや、これは悪戯や冗談なんかじゃないかもしれない。もうこの件からは手を引いた方がいい」
逆効果にもますます意気込みを見せる乙波を、俺は不安に顔を強張らせながら真剣な声で制する。
「ううん! これしきの脅しなんかにわたしは屈しないよ? こんなUFOや宇宙人の存在を証明する絶好のチャンス、もう二度と来ないかもしれないからね」
だが、彼女は首を横に振ると、頑として俺の言うことを聞こうとはしない。
「いやそうじゃい。これは脅しなんかじゃなくて、本当に危険かもしれないんだ。うまく説明できないけど……とにかく、今回だけは遊び半分で首を突っ込んじゃいけない気がするんだよ」
「遊びなんかじゃないよ! いつだってわたしは本気だよ! どうしてそんなこと言うの? いつもは調査に協力してくれるのにさ。今日の上敷くん、なんか変だよ!」
それでも諦めずに説得しようとする俺に、乙波は目を吊り上げると声に怒気を含ませる。
「変なんかじゃないよ。ほんとに危険だって言ってるんだ!」
「危険なんて前々から承知の上だよ! そんなこと言うんだったらもういいよ! 上敷くんはつきあってくれなくたってさ。あとはわたしだけで調査するから」
「どうして!? そっちこそ、どうしてそこまで拘るんだ!? そんなにまでして、どうして、こんなたかだかトンデモなことに!?」
聞きわけのない彼女に、今度は俺の方が思わず声を荒げてしまった。
「………………」
いつになく怒鳴り声を上げた俺に、乙波は目を大きく見開き、口も半開きにポカンとした顔をしている。
「……あ、いや……だから、どうしてこんな……その、UFOとか都市伝説とか、そういう系のことにそんなに拘るのさ? もしかしら、ほんとに危険な目に遭うかもしれないっていうのに……」
思わず怒鳴ってしまった後で言ってはならないことを口にしたと気付き、俺は一気にトーンダウンさせた口調で改めて乙波に尋ねる。
「……そっか……上敷くんもやっぱりそう思ってたんだね……ま、普通はみんな、そうなんだよね……」
すると、彼女は不意に淋しげな笑みをその顔に浮かべ、何かを悟ったかのように告げる。
「この話を他人にするのは久しぶりかな? ……そんな質問、ずっと誰からもされなかったからね……」
そして、屋上の縁へゆっくり近付くと柵の上に腕を乗せ、遠い空を見つめながらおもむろに昔語りを始めた。
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