Case12 ルームメイトの失踪(2)

 なんか、最近こんな退散の仕方ばかりしてるような気もするが、俺達が帰る素振りを見せるのと同時に彼女の部屋のドアもバタン! と大きな音を立ててすぐに閉まり、この五階のフロアは再び静寂に包まれる。


 芭蕉の「岩にしみいる蝉の声」的にその静けさを強調して聞こえるのは、なおもジタバタと抵抗を続けながら乙波の漏らしている不満の声だけだ。


「もう! 上敷くん、なんで邪魔するの? まだ質問の答え聞いてないのにぃ!」


 エレベーターの所まで来るとようやくおとなしくなる乙波だが、腕を放してやった彼女は口を尖らせて俺に文句を垂れる。


「仕方ないだろ? あれじゃろくに話もできないって…ってか、さすがにちょっと失礼だったんじゃない? ルームメイトがいなくなって心配してるって時にあんなぶしつけな質問。怒るのだって当然だよ」


「ううん! あんなにむきになるなんて、やっぱりなんか変だよ! きっと、あの人も宇宙人に何かされたんだ……頭の中いじられて、記憶や感情を操作されたりとか……」


 文句のあるのはこっちの方だと、まるで悪びれる様子も見せない乙波に俺は苦言を呈するが、彼女は反省するどころか、さらなるトンデモ理論を繰り広げて自分を正当化しようとしている。頭いじられてるとしたら、むしろお前の方だろ?


「ハァ……ああ、そういえば、あれはいったいなんだったの? あの、犬を飼ってるかだの、なんとかいう落書きはなかったかだのってのは?」


 最早、怒りを通り越して諦めの域に達してしまった俺は、言っても無駄とばかりに話題を変えると、先程、何を言ってるのかさっぱりわからなかったその質問の意図について代りに訊いてみることにする。


「ああ、あれね。あれは〝ルームメイトの死〟の話だよ。都市伝説の」


「ルームメイトの死?」


 なんだ? その、今回の失踪事件と微妙にかぶってる不吉なタイトルは……。


「そう。ルームメイトと二人で暮らしてた女性がある夜遅くに帰宅して、相方を起さないよう電気を点けずにそのまま寝ちゃうんだけどね。その翌朝、起きてみると、そこにはルームメイトが血まみれの姿で殺されてて、血文字で〝電気を点けなくてよかったな〟ってメッセージが壁とかに残されているんだよ。つまりね、もし明かりを点けていたら、犯人と鉢合わせして、彼女も殺されちゃってたってわけ」


 ああ、なんか、そんな話どっかで聞いたような……でも、犬はどこで出てくるんだ?


 その素朴な疑問についても、乙波は続けて答えてくれる。


「で、この都市伝説のさらに古い形の話に〝ベッドの下の男〟ってのがあって、こっちでは犬と一緒に住んでるんだけど、夜中に不審な物音がしたんでベッドの下にいる愛犬の方へ手をやると、その手を犬がペロペロと舐めるの。それで安心してその夜はぐっすり眠るんだけど、朝起きてみると犬は殺されてて、やっぱり血文字でさっきと同じメッセージが残されてるっていうわけだよ」


 ……なんとも、背筋がぞっとするような話である……が、それはあくまで都市伝説での話だろ? そんなものをなぜあの場で……。


「わたしはもちろん宇宙人の関与を有力と考えてるんだけどね。ルームメイトの行方不明事件ってことは、もしかしたら、その有名な都市伝説と同じようなケースってこともあるんじゃないかなって、ふと思って訊いてみたんだよ」


 んなわけないだろ……ルームメイトってだけでそんなこじ付けをしていたのか? 


 まったく、相変わらずの予測不能なトンデモ思考パターンだ……それに、それではまるで行方不明になった居住詩亜さんがすでに死んでるような口振りではないか!


 そのありえないこじ付けをあたかも名推理の如く披露する乙波に、よりいっそうデリカシーのないことを訊いていたのかと俺は改めて呆れ果てる。


「ま、確かにあれじゃ、もう話してくれそうにないね。仕方ない。今日のところは出直すとするか……」


「………ハァ…」


 そして、なおもこの件に首を突っ込む気満々な戯言たわごとを口走っている乙波に大きな溜息を吐くと、俺は今度こそ本気で、ついに乙波と別れる決心をするのだった。


 ……あ、でも、そうすると、あの目之頭公園の〝ボートに乗ったカップルは別れる〟っていう都市伝説は本当だってことになるな……。

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