Case12 ルームメイトの失踪(1)
「――503……503……ああ、ここだね」
そして放課後……なんら行く手を阻む障害に悩まされることもなく、俺は乙波とともにやすやす失踪事件の起きた部屋の前まで到達してしまっていた。
必死に目で訴え、乞い願ったにも関わらず、俺がさらなる厄介事に巻き込まれると予想した有尾は嬉々として快く乙波への全面協力を申し出たのだ。
その部屋の番号はもちろん、知り得る情報すべてを乙波に伝え、さらにありがた迷惑なことには玄関のオートロックまで一緒について来て解除してくれやがったのである。
しかも、解除するだけ解除しといて――。
「じゃ、あたしは部活あるからこれで。そんな野次馬みたいなことしたら、ご近所的にも問題あるしね」
――と言って、さっさと学校に戻ってしまった。
いや、ご近所でなくても、そんな警察でもないのに事件の話聞きに行くのは問題大ありだろ!?
そう。そうなのだ。加えて俺的に不運だったのは、行方不明になった女子大生が独り暮らしではなくルームシェアをしていたことだ……これでは残ったもう一人に話を聞けてしまうではないか!
ピンポーン♪
「
などと、俺が度重なる乙波の幸運――裏を返せば自身の不運を嘆いている傍から、彼女は躊躇いもなく呼び鈴を鳴らして、そのもう一人の住人の名を大声で叫んでいる。
これも有尾が警察やご近所の噂話で知り、その有尾から俺達が教えてもらった情報なのであるが、住人の名は
いなくなったルームメイト・
「堂室さ~ん! ……あれ、留守かな?」
「ほら、だから言ったろ? こんな時間じゃまだ大学から帰って来てないって。それに、もし帰って来てたとしても、たぶんバイトか遊びに出かけちゃってるよ」
「ええ~。でも、午後からは講義がない日かもしれないよ? それか、ルームメイトの失踪がショックでずっと家で伏せってるとかさ」
「いや、伏せってるって……そんなショック受けてる人から話聞こうとすること自体、間違ってると思うんだけど……」
なかなか開かないドアに俺達がそんな言い合いをしていたその時。
ガチャ…。
俺的には留守でいてくれることを切に願っていたのであるが、どうやらどこまでも幸運の女神は乙波に味方するらしい。
「はい。どちら様ですか……?」
ドアノブの回る音がしたかと思うと扉がゆっくりと半分ほど開き、件(くだん)の堂室さんと思しき女の人が出て来たのである。
茶のショートヘアに白いブラウスとジーンズといった、どこにでもいる女子大生って感じの人だ。
加えていうならば、けっこうカワイイ……だが、やはりルームメイトのことが心配なのだろう、その声や表情からは暗く沈んだ印象を受ける。
「あなた達は……となりの……」
「はい。となりの
ええっ! い、いきなりぃぃ~!?
だが、こちらの制服姿を見て訝しがる彼女に乙波は相手の心情などお構いなく、直接過ぎるにもほどがある質問をいきなり投げつけてくれる。
しかも、その質問をしに来た理由を途中省き過ぎだ。なぜうちの高校の生徒だと、そんなふざけた質問しに来る理由になる? それじゃ、まるでうちの生徒全員がトンデモみたいじゃないか!
「UFO……?」
「はい。他にも何か変ったこととかは? 例えば、その日の記憶が何時間にも渡って飛んでるとか? 最近、テレビやラジオの受信状況が悪いとか? ああ、それから居住さんは以前、宇宙人に会ったことがあるとか、UFOに乗ったことがあるとか、身体に記憶のない手術痕があるんだとか、そんなようなことは言ってませんでしたか?」
突然の予期せぬ来訪者に堂室さんは目をパチクリさせているが、さらに乙波はトンデモ全開な質問を矢継ぎ早に連発する。
「い、いえ、そんなことは……あの、なんでそんなことを……」
わけがわからぬという顔をしながらも、いや、それ故にまともな思考力を奪われてしまったのか、こんなデンパ娘にも律儀に答えてくれる堂室さん。
「それは居住さんがいなくなったという4月1日のお昼頃、偶然、このマンションの上をUFOの編隊が飛んでいるのを目撃したからです!」
だが、怪訝な顔で訊き返す堂室さんに、乙波はなぜか誇らしげに胸を張って、悪い冗談としか思えないその理由を声高々に言い放つのだった。
「………………」
その悪い冗談を聞くと、堂室さんは眉間に深い皺を刻む。
無理もない。ルームメイトが失踪して心配しているところへ持って来て、こんなデンパ極まりない話をされたのでは気分を害しても当然というものだ。
「あなた達、いったいなんなんですか?」
これも当然のことながら、そんな警察でもないのに根掘り葉掘り事件のことを、しかも、ふざけてるようにしか聞こえない戯言を並べ立てて尋ねる乙波と俺の顔を交互に見比べ、険しい表情の堂室さんは不愉快そうな声でそう俺達を問い質す。
いや、俺はただ付き合わされているだけなので、願わくば、ここにいないものと思って無視していただきたい。
「ああ、そういえば、自己紹介がまだでしたね。一年A組の天音乙波とB組の上敷正論です!」
なぬっ…!?
だが、俺の願いとは正反対に、大バカ野郎にも問われた乙波は自分ばかりか俺のクラスと姓名までをも正直に答えてくれる。
今のはそういうことを訊かれたんでもないし、そんなもの教えたら名指しで学校に通報されるだろうが! しかも、道連れに俺まで……。
この前、会議を盗み聞きした市経団連からは今のところ何も言ってきてはいないようだが……嗚呼、これでまた職員室への呼び出し放送に怯え、常にビクビクしながら暮らさねばならない日々が訪れるのか……あ、そういや、昨日の校長室の一件もあったな……。
「……てんね、おとは……さん? それと……」
ほら言わんこっちゃない。もう名前憶えられちゃってるし……。
「あ、あの、俺はただ付いて来ただけでして、別に何も見て…」
「はい! 居住さんを連れ去ったUFOを目撃した者です!」
しかし、そうした心配は毛ほどもすることなく、慌てて弁明する俺の傍らで乙波はもう一度、UFOを見たことを無駄に主張してみせている。
「あっ! ルームメイトといえば、もしかして犬とか飼ってませんか? それで、その居住さんのいなくなった日の夜、ベッドの下にいた犬に手を舐められたりしませんでした? さらに翌朝〝電気を点けずによかったな〟的な落書きが壁にしてあったりとか?」
その上、今度は何を思い付いたのか、さらに奇妙奇天烈なわけのわからぬ質問をいくつも付け加えるではないか。
「な、何を言ってるの!? わたしは何も見てないし、わたしは何も知らない! あの日、詩亜はどこかへ出かけたきり帰ってこなくなったの! ほんとに……なんでこんなことになっちゃったのか……わたしにもわからないのよ!」
そのあまりにもあまりな妄言に、それまでは穏やかだった堂室さんもついに形相を歪めて声を荒くする。
そりゃあそうだろう。こんなふざけたことずっとぬかされていたのでは、いくら温厚な人格者でも、いい加減、堪忍袋の緒が切れるというものだ。
「警察でもないのになんなのあなた達? ……帰って! もう帰ってよ!」
「あ、は、はい! 帰ります! 今すぐ帰りますんで!」
警察ではないが、逆に警察を呼ばれて、むしろ尋問を受ける方にされかねないその剣幕に、俺も再び口を挟むとなんとか彼女を宥めようとする。
「え? わたしはまだ訊きたいことが…」
「いいから。ほら、帰るよ! それじゃ、どうもお邪魔しましたぁ~!」
「え? あ、ちょっと何すんの? ねえ、なんで引っ張る…ああっ…」
そして、こんなマズイ状況であるにも関わらず、空気読まな過ぎにもまだ話を続けようとする困ったちゃんの腕を強引に引っ張ると、俺達は堂室さんの部屋の前を逃げるように後にした。
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